慢性期重度片麻痺患者の上肢の筋シナジーの特徴とは 脳卒中/脳梗塞リハビリ論文サマリー
筋シナジーは、重度麻痺の上肢で何が壊れ、何が残るのか。
重度の上肢麻痺でも、筋の動員には4つのセットという構造が残っています。慢性期脳卒中10名を調べたRohらの論文をもとに、肘で保たれ、肩で変わる筋シナジーの実像を整理します。肩と肘を分けて評価する視点も、あわせてお伝えします。

要点5項目。
臨床現場では、こんな患者さんに出会います。
60代男性。右被殻出血による左片麻痺で、発症後14か月(生活期)です。上肢はFMA-UE 20/66点(重度)でした。BRS(Brunnstrom Recovery Stage:片麻痺の回復段階)は、上肢・手指ともIIIです。主訴は「机の上の物を横へ動かそうとすると、肘が曲がって腕がついてこない」です。
初回評価では、座位で肩外転を促すと、肩甲帯の挙上と肘の屈曲が同時に出ました。肘の伸展は、前腕を支えれば単独で可能でした。三角筋の前部・中部・後部は、触診でも別々に収縮させにくい状態でした。肘屈筋のMAS(Modified Ashworth Scale:痙縮の評価)は1+です。肘は動くのに、肩が分かれないのです。
※実在の患者さんではなく、学習用に組み立てた症例です。
この患者さんを前にすると、多くの新人セラピストは肘を伸ばす練習から始めたくなります。私もそうでした。でも、まず見るべきは、肩と肘が別々に動くかどうかです。
STROKE LABでは、重度の上肢麻痺の方を担当する機会が多くあります。その運動パターンへの洞察を深めたくて、慢性期の重度脳卒中における上肢筋シナジーの論文を読みました。
この記事は、その論文サマリーを新人・学生向けに再構成したものです。原著はRohらの論文です(Alterations in upper limb muscle synergy structure in chronic stroke survivors)。だから臨床では、肩と肘を分けて観察する習慣が、最初の一歩になります。
筋シナジーの定義と、この研究の位置づけ。
まず言葉を揃えます。筋シナジー(muscle synergy)とは、複数の筋を一つのセットとして動員する、神経系の制御単位です。脳は筋を一つずつ動かさず、少数のセットを組み合わせて動作をつくる、と考えられています(Ting et al., Neuron, 2015。総説のため[専門家合意])。
臨床では、脳卒中後の上肢はステレオタイプな運動パターンが特徴です。このパターンは日常生活動作のパフォーマンスに影響します。代表は、肘の屈曲と、肩の外転・伸展・外旋の密な結合です。逆に、肘の伸展と、肩の内転・屈曲・内旋が結合するパターンもあります。
疫学も押さえておきます。急性期の上肢麻痺は、脳卒中患者の約7〜8割にみられます(Lawrence et al., Stroke, 2001。多民族集団の登録研究[観察研究])。上肢麻痺は、新人が最も多く出会う課題の一つです。

最近の研究で、健常者の手による3次元の等尺性の力発揮は、課題に応じて複数の筋シナジーが動員されることが示されました。本研究は、同様の課題で脳卒中の影響を調べました。著者らは、重度障害の慢性期脳卒中では、個々のシナジー内で、肩と肘の筋の活性化が異常に結合すると仮定しました。
この研究の流れを3ステップで[観察研究]
重度の上肢障害(FMA-UE 25点未満/66点)の慢性期脳卒中10名(平均62.3±9.3歳、女性5名)です。対照は、年齢を合わせた健常6名(平均63.2±7.6歳、女性2名)でした(Roh et al., J Neurophysiol, 2013)。
3次元の力のマッチング課題中に、肩と肘の筋から表面EMGを記録しました。手の位置と3次元の力は、多軸デカルト型の上肢リハビリ機器(MACARM)で測定しています。記録した筋は、腕橈骨筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋、三角筋(前部・中部・後部)、大胸筋です。
EMGから筋シナジーを抽出し、麻痺側と健常群で構造と動員を比べました。抽出には、この分野で標準的な非負値行列因子分解(NMF)が使われます。さらに、シナジーの変化と課題成績の関連も調べています。
— ご本人・ご家族の状況を丁寧にお伺いします
STROKE LABは、脳卒中に特化した自費リハビリ施設です。神経系に特化したセラピストが、脳科学とハンドリング技術をもとに、ご本人の動きを一つずつ丁寧に評価します。まずは無料相談で、今のお困りごとをお聞かせください。
何が保たれ、何が変わったのか。

肘屈筋と伸筋の比較的独立した活性化(シナジー)は、脳卒中後も保たれていました。変化したのは、肩の筋の活性化が中心となる2つのシナジーです。

— 結果の根拠となる図です(原著 Roh ら, 2013 より引用)。
図引用元:Alterations in upper limb muscle synergy structure in chronic stroke survivors
結果を3つに分けて読む[観察研究]
①数は同じでした。神経学的に無傷の人と片麻痺の人の両方で、4つのシナジーが全分散を説明しました。平均で、肩と肘のEMGパターンの94.6%と95.3%です。力の生成のモジュール構造は、重度麻痺でも継続的に観察されたのです。
②構造が違いました。肘の屈筋と伸筋のシナジーは保たれました。ただし、肩の筋が担う2つのシナジーは影響を受けました。この構造変化は、三角筋の頭部を選択的に活性化する能力の障害と一致していました。
③成績と関連しました。変化したシナジーの採用は、異常な課題パフォーマンスと相関しました。具体的には、側方・上方への力の方向で、必要な上肢の動きをつくる能力です。著者らは、脳卒中が筋シナジーの構造を変え、重度片麻痺の異常な筋協調を生むと解釈しています。
だから臨床では、「肘は動く」を良い所見と読みすぎないでください。肩がセットで動いていないかを、別に確認します。
責任病巣は、この論文からは読み取れません
本記事が元にした論文サマリーには、病巣部位の記載がありません。ここは断定しないでください。一般には、麻痺が重いほど、非損傷側の皮質網様体脊髄路が多く使われる、と報告されています(McPherson et al., J Physiol, 2018)。皮質網様体脊髄路とは、大脳皮質から脳幹を経て脊髄へ向かう代償的な経路です。屈筋優位のパターンとの関係は、現時点では仮説段階です。
本論文の結果[観察研究]:Roh J, Rymer WZ, Perreault EJ, Yoo SB, Beer RF. J Neurophysiol. 2013。重度障害の慢性期脳卒中10名と健常6名。3次元の等尺性力発揮課題で肩・肘のEMGを記録し、4シナジーでVAF 94.6%・95.3%を示しました。肘のシナジーは保存され、肩の2シナジーが変化しました。
皮質損傷との関連[観察研究]:Cheung VCK et al. Proc Natl Acad Sci USA. 2012。麻痺側の筋シナジーのパターンが、皮質の運動野の損傷を反映する生理学的マーカーになりうると報告しました。サンプル数は原著で確認してください。
異常な結合の古典的報告[観察研究]:Dewald JPA et al. Brain. 1995。片麻痺者の肘と肩の等尺性トルク発揮で、異常な筋の同時活動パターンを示しました。
経路の仮説[観察研究]:McPherson JG et al. J Physiol. 2018。非損傷側の皮質網様体脊髄路の動員が、麻痺の重さの一因になりうると報告しました。
異常なパターンと、間違えやすい病態の鑑別。
肘が曲がって腕が上がらないとき、原因は筋シナジーの変化だけではありません。痙縮、筋力低下、筋・軟部組織の変化は、しばしば同時に存在します(Gracies, Muscle Nerve, 2005。総説のため[専門家合意])。
だから臨床では、原因を分けて評価します。次の表を、評価の順番の目安にしてください。

| 鑑別疾患 | 共通点 | 鑑別ポイント | 参考検査 |
|---|---|---|---|
| 筋シナジーの構造変化(本記事の対象) | 肩を動かすと肘が曲がる | 肩と肘の動きを別々に指示しても分かれない。三角筋の前部・中部・後部を選択的に収縮させにくい。 | FMA-UE(共同運動の項目)、三角筋の触診 |
| 痙縮 | 肘が屈曲位に固定されやすい | 他動運動の速度を上げると抵抗が増す。随意運動を指示しなくても抵抗が出る。 | MAS、Tardieu法 |
| 単純な筋力低下 | 抗重力位で腕が上がらない | 重力を除いた肢位(前腕を支えた状態)で、肘が混ざらずに動かせる。 | MMT、重力除去位での自動可動域 |
| 感覚障害(表在・深部感覚) | 動きが拙劣で、代償が増える | 閉眼で位置の再現が悪くなり、視覚を使うと改善する。 | 位置覚検査、Nottingham Sensory Assessment |
| 肩関節の拘縮・疼痛(整形外科的問題) | 肩外転が途中で止まる | 他動でも可動域が制限され、最終域で疼痛が出る。随意性の問題ではない。 | 他動ROM、疼痛NRS、肩の触診 |
評価:FMA-UEの採点基準と読み方。
本論文は、重度の上肢障害をFMA-UEで定義しました。FMA-UE(Fugl-Meyer Assessment 上肢運動項目)は、反射・共同運動・分離運動を段階的に採点する尺度です。基準は25点未満/66点です。新人のうちに、全33項目を頭に入れておきましょう。
だから臨床では、合計点だけでなく、どの項目で点を落としたかを見ます。肩外転や肩屈曲の項目で肘が混ざるなら、本論文の肩シナジーの話と重なります。
FMA-UE 全33項目の採点基準[専門家合意]
原版はFugl-Meyerらの報告(1975年)です。表は、その項目構成に沿って整理しました。実施の詳細は、公式の手順書で必ず確認してください。
| 項目 | 採点基準 | カットオフ値 | 解釈 |
|---|---|---|---|
| A-I 反射活動(小計4点) | |||
| 1. 二頭筋・指屈筋の腱反射 | 0:誘発不可 / 2:誘発可 | 領域小計4点(2項目) | 反射の有無を確認します。過反射は痙縮の手がかりです。 |
| 2. 三頭筋の腱反射 | 0:誘発不可 / 2:誘発可 | 領域小計4点(2項目) | 二頭筋とあわせて反射の有無を確認します。 |
| A-II-a 共同運動内の随意運動:屈筋共同運動(小計12点) | |||
| 3. 肩甲帯の後退 | 0:不能 / 1:部分的に可 / 2:完全に可 | 領域小計12点(6項目) | 屈筋共同運動の入口です。肩甲帯の動員を確認します。 |
| 4. 肩甲帯の挙上 | 0:不能 / 1:部分的に可 / 2:完全に可 | 領域小計12点(6項目) | 他の課題で出る「すくめ」の代償と区別します。 |
| 5. 肩の外転(90°以上) | 0:不能 / 1:部分的に可 / 2:完全に可 | 領域小計12点(6項目) | 肩外転と肘屈曲の異常な結合が出やすい項目です。 |
| 6. 肩の外旋 | 0:不能 / 1:部分的に可 / 2:完全に可 | 領域小計12点(6項目) | 背景にある肩の外転・外旋との結合を思い出してください。 |
| 7. 肘の屈曲 | 0:不能 / 1:部分的に可 / 2:完全に可 | 領域小計12点(6項目) | 得点が高くても、肩が分かれているとは限りません。 |
| 8. 前腕の回外 | 0:不能 / 1:部分的に可 / 2:完全に可 | 領域小計12点(6項目) | 肘屈曲と一緒に出ていないかを観察します。 |
| A-II-b 共同運動内の随意運動:伸筋共同運動(小計6点) | |||
| 9. 肩の内転・内旋 | 0:不能 / 1:部分的に可 / 2:完全に可 | 領域小計6点(3項目) | 伸筋共同運動の肩成分です。 |
| 10. 肘の伸展 | 0:不能 / 1:部分的に可 / 2:完全に可 | 領域小計6点(3項目) | 屈筋優位のなかで、伸展が出るかを確認します。 |
| 11. 前腕の回内 | 0:不能 / 1:部分的に可 / 2:完全に可 | 領域小計6点(3項目) | 肘伸展との結合を観察します。 |
| A-III 共同運動を混合した随意運動(小計6点) | |||
| 12. 手を腰部へ | 0:動作なし / 1:手が上前腸骨棘を越える / 2:完全に可 | 領域小計6点(3項目) | 肩の内転・内旋と肘屈曲が混ざる課題です。 |
| 13. 肩の屈曲0→90°(肘伸展位・前腕中間位) | 0:直ちに肩外転または肘屈曲が出る / 1:動作の途中で出る / 2:逸脱なく90°まで可 | 領域小計6点(3項目) | 肘屈曲が混ざり始める角度を記録します。 |
| 14. 前腕の回内外(肘90°・肩0°) | 0:不能(肢位も保てない) / 1:肢位を保ち可動域が限定的 / 2:完全に可 | 領域小計6点(3項目) | 肩・肘の肢位を保持できるかが要点です。 |
| A-IV 共同運動から分離した随意運動(小計6点) | |||
| 15. 肩の外転0→90°(肘伸展位・前腕回内位) | 0:最初から肘屈曲、または回内位から逸脱 / 1:途中で肘屈曲または回外が出る / 2:逸脱なく完全に可 | 領域小計6点(3項目) | 肩外転時の肘屈曲の混入を、直接見られる課題です。 |
| 16. 肩の屈曲90→180°(肘伸展位・前腕中間位) | 0:最初から肘屈曲、または肩外転が出る / 1:途中で出る / 2:逸脱なく完全に可 | 領域小計6点(3項目) | 上方へのリーチに必要な分離運動です。 |
| 17. 前腕の回内外(肘伸展位・肩屈曲30〜90°) | 0:不能、または肢位が保てない / 1:肢位を保ち可動域が限定的 / 2:完全に可 | 領域小計6点(3項目) | 肩の肢位を保ったまま、前腕を分けて動かせるかを見ます。 |
| A-V 正常反射活動(小計2点) | |||
| 18. 正常反射活動(二頭筋・指屈筋・三頭筋) | 0:3つ中2つ以上が著明な過反射 / 1:1つが著明な過反射、または2つ以上が活発 / 2:活発な反射は1つ以下で過反射なし | A-IVが6点満点のときのみ評価(小計2点) | 分離運動が十分な方にだけ使う項目です。重度麻痺では通常、実施しません。 |
| B 手関節(小計10点) | |||
| 19. 手関節の安定性(肘90°・肩0°) | 0:背屈15°を保持できない / 1:背屈15°を保持(抵抗なし) / 2:抵抗に抗して保持 | 領域小計10点(5項目) | 近位の肢位を保てているかが前提です。 |
| 20. 手関節の反復運動(肘90°・肩0°) | 0:随意的に不能 / 1:ぎこちない、または可動域が限定的 / 2:全可動域でスムーズ | 領域小計10点(5項目) | 背屈と掌屈を交互に行わせて確認します。 |
| 21. 手関節の安定性(肘伸展位・肩屈曲30°) | 0:背屈15°を保持できない / 1:背屈15°を保持(抵抗なし) / 2:抵抗に抗して保持 | 領域小計10点(5項目) | 肩を挙げた肢位で保てるかを見ます。 |
| 22. 手関節の反復運動(肘伸展位・肩屈曲30°) | 0:随意的に不能 / 1:ぎこちない、または可動域が限定的 / 2:全可動域でスムーズ | 領域小計10点(5項目) | 肩と肘の肢位が変わると成績が落ちないかを見ます。 |
| 23. 手関節の分回し | 0:不能 / 1:ぎこちない、または不完全 / 2:全域でスムーズ | 領域小計10点(5項目) | 手関節の分離的な制御を見る項目です。 |
| C 手指(小計14点) | |||
| 24. 集団屈曲 | 0:屈曲なし / 1:一部屈曲 / 2:完全な自動屈曲 | 領域小計14点(7項目) | 手指の随意性の入口です。 |
| 25. 集団伸展 | 0:伸展なし / 1:集団屈曲の解除まで / 2:完全な自動伸展 | 領域小計14点(7項目) | 重度では手指伸展が最初の壁になりやすい項目です。 |
| 26. 握りa:鉤握り | 0:不能 / 1:保持できるが弱い / 2:比較的強い抵抗に抗して保持 | 領域小計14点(7項目) | MCP伸展位でPIP・DIPを屈曲する握りです。 |
| 27. 握りb:母指内転(紙片) | 0:不能 / 1:保持できるが引き抜きに抗せない / 2:引き抜きに抗して保持 | 領域小計14点(7項目) | 母指と示指の間に紙片を挟んで確認します。 |
| 28. 握りc:対立つまみ(鉛筆) | 0:不能 / 1:保持できるが引き抜きに抗せない / 2:引き抜きに抗して保持 | 領域小計14点(7項目) | 母指と示指の指腹でつまむ課題です。 |
| 29. 握りd:円筒握り | 0:不能 / 1:保持できるが引き抜きに抗せない / 2:引き抜きに抗して保持 | 領域小計14点(7項目) | 小さな円筒を握る課題です。 |
| 30. 握りe:球握り | 0:不能 / 1:保持できるが引き抜きに抗せない / 2:引き抜きに抗して保持 | 領域小計14点(7項目) | テニスボール大の球体を握る課題です。 |
| D 協調性・スピード(小計6点) | |||
| 31. 振戦 | 0:著明 / 1:軽度 / 2:なし | 領域小計6点(3項目) | 閉眼での指鼻試験を5回連続で行い、3項目を同時に評価します。 |
| 32. 測定障害(dysmetria) | 0:著明または不規則 / 1:軽度で規則的 / 2:なし | 領域小計6点(3項目) | 目標への到達の正確さを見ます。 |
| 33. スピード | 0:健側より6秒以上遅い / 1:2〜5.9秒遅い / 2:差が2秒未満 | 領域小計6点(3項目) | 健側との所要時間の差で採点します。 |
| 総得点と解釈の目安 | |||
| 総得点(A+B+C+D) | 各項目0〜2点の合計。A 36点+B 10点+C 14点+D 6点=66点満点 | 25点未満:重度(Roh 2013の組入基準)。MCID:4.25〜7.25点(慢性期、Page 2012)、9〜10点(亜急性期、Arya 2011) | 出典ごとに対象と時期が違います。目の前の患者さんに近い研究の値で解釈してください。 |
信頼性・妥当性[専門家合意]:Gladstone DJ, Danells CJ, Black SE. Neurorehabil Neural Repair. 2002。FMAの測定特性を整理した総説です。信頼性・妥当性は概ね良好と評価されています。ただし、MCID(臨床的最小変化量)の情報は限られていました。
MCID:慢性期[観察研究]:Page SJ, Fulk GD, Boyne P. Phys Ther. 2012。慢性期の脳卒中64名(軽度〜中等度の障害)で、FMA-UEのMCIDを4.25〜7.25点と報告しました。
MCID:亜急性期[観察研究]:Arya KN, Verma R, Garg RK. Top Stroke Rehabil. 2011。亜急性期の脳卒中で、MCIDを9〜10点と報告しました。サンプル数は原著で確認してください。
重症度の基準[観察研究]:Roh J et al. J Neurophysiol. 2013。FMA-UE 25点未満/66点を重度として、10名を組み入れました。重度・慢性期に限ったMCIDは、筆者が確認した範囲では確立していません。数点の変化を解釈するときは、測定誤差も意識してください。
介入の考え方とエビデンス。
先に大事なことを伝えます。筋シナジーの構造を直接の標的にした訓練の有効性は、まだ確立していません。本論文の著者らは、次のように述べています。異常な等尺性トルクパターンや運動学的シナジーは、対象を絞った運動トレーニングで修正できる、という最近のエビデンスがあります。そのうえで、異常な筋シナジー構造や動員パターンに焦点を当てた訓練の開発は、可能かもしれないと考察しています。
だからここでは、エビデンスのある土台と、この論文から導ける観察の視点を分けて示します。数値は、臨床で使いやすい目安です。原著の値と、STROKE LABの臨床目安は、タグで区別しています。

座位で骨盤と体幹を正中に整え、前腕を机で支えます。導入は5分程度です。肩甲帯の挙上が出ない位置を確かめてから、次のステップに進みます。土台が不安定だと、肩の選択的な活動が見えなくなります。
三角筋の前部・中部・後部を触診しながら、一つずつ収縮を促します。目安は、1セット10回を2〜3セット、セット間の休憩は30〜60秒、週3回以上です。これはSTROKE LABの臨床目安で、原著の値ではありません。肘の屈曲が混ざったら、すぐに負荷を下げます。
慢性期脳卒中では、肩外転方向の荷重を段階的に増やす練習が重要だと報告されています(Ellis et al., Neurorehabil Neural Repair, 2009。小規模な介入研究)。臨床目安は、肘屈曲が混ざらない最大荷重の70〜80%から始め、1セット8〜10回を3セット、週3回です。2週ごとに再評価します。この数値も、臨床目安であり原著の値ではありません。
机上で物を横へ滑らせる、コップを口へ運ぶ、などの課題を反復します。目安は、1課題10〜15回を3〜5課題、1回30〜45分、週3〜5回、8〜12週です。これも臨床目安です。用量を決めるときは、患者さんの疲労と、肩の代償の出方を優先してください。
反復課題練習[SR/MA]:French B et al. Cochrane Database Syst Rev. 2016。33試験・1,853名を統合しました。反復課題練習は、上肢機能などの改善を示唆しました。ただし、上肢のエビデンスの質は低〜中等度です。
時期と用量[SR/MA]:Hayward KS et al. Stroke. 2021。上肢の運動介入の時期と用量を整理したシステマティックレビューです。用量の報告が不十分な試験が多く、至適用量は確立していません。
肩外転荷重[観察研究]:Ellis MD, Sukal-Moulton T, Dewald JPA. Neurorehabil Neural Repair. 2009。慢性期脳卒中で、肩外転荷重を段階的に加える意義を報告しました。サンプル数は原著で確認してください。
ガイドライン[専門家合意]:脳卒中治療ガイドライン2021(日本脳卒中学会)。上肢機能障害に対して、練習量を確保した課題指向型のリハビリテーションを推奨する方針が示されています。具体的な推奨度は、原文で確認してください。

私は作業療法士として、重度の麻痺のある方と向き合ってきました。動かない理由を、筋力だけでなく、動きの組み合わせ方から見直すことで、次の課題が見えることがあります。ご本人やご家族のお困りごとを、まずはお聞かせください。
多職種連携と環境調整。
麻痺手の練習は、セラピー室の外で完成します。病棟や自宅で、肩を引っ張られたり、屈曲パターンで使い続けたりすると、練習の効果は薄れます。AHA/ASA(米国心臓協会/米国脳卒中協会)のガイドラインも、多職種チームでのリハビリを前提にしています(Winstein et al., Stroke, 2016。ガイドラインのため[専門家合意])。
環境調整の5つのポイント[専門家合意]
「看護師さんには、『着替えのとき、麻痺手から袖を通してください。腕を引っ張らず、肘を支えてください』と具体的に伝えます。」
「肩の痛みや腫れは、その日のうちに教えてもらうように頼んでおきます。」
だから臨床では、各職種が何を見て、何をして、誰に何を伝えるかを揃えます。次の表を、チームの共通言語に使ってください。
| 職種 | この症状における評価項目 | 主な介入内容 | 他職種との連携ポイント |
|---|---|---|---|
| PT(理学療法士) | 体幹・座位/立位の姿勢、歩行時の上肢の位置、肩甲帯のアライメント、痙縮(MAS) | 体幹・骨盤の安定化、荷重練習、歩行時の連合反応の管理 | 歩行時の上肢の位置をOTと共有し、練習中の肩の痛みも伝えます。 |
| OT(作業療法士) | FMA-UE、MAL、ARAT、ADLでの麻痺手の使用状況 | 肩の選択的活動の練習、課題指向型練習、両手動作での補助手としての使用 | 病棟での使い方(更衣・食事)を、看護師へ具体的に伝えます。 |
| ST(言語聴覚士) | 指示の理解、注意、高次脳機能(上肢課題の指示が通るか)、摂食時の姿勢 | 指示の伝え方(短い文・実演)の調整、姿勢と摂食の両立 | 伝わりやすい指示の出し方を、PT・OTと共有します。 |
| 看護師 | 病棟での麻痺手の使用状況、肩の痛み・腫れ、皮膚の状態 | 更衣・整容・移乗で麻痺手を参加させる。腕を引かない介助 | 痛み・腫れ・使用状況の変化を、その日のうちにセラピストへ報告します。 |
| 医師 | 痙縮・疼痛の医学的評価、画像所見、合併症、薬剤の影響 | 薬物療法を含む、痙縮・疼痛の治療方針の判断 | MASなどの所見と生活上の困りごとを共有し、治療要否の判断材料にします。 |
| MSW(医療ソーシャルワーカー) | 生活背景、介護力、利用中の制度・サービス | 退院・生活期の調整、介護保険や障害福祉サービスの情報提供、家族支援 | 「生活で麻痺手をどう使いたいか」というゴールを、チームで共有します。 |
つまずきポイントと、臨床判断のコツ。
新人が最初に迷うのは、「良くなった」の判断です。本論文は小さな研究(慢性期・重度の10名と対照6名、Roh et al., J Neurophysiol, 2013 [観察研究])です。だからこそ、読み方に注意が要ります。
努力を上げる前に、条件を変える[専門家合意]
STROKE LABの私見です。麻痺が重くなるほど筋シナジーは減り、柔軟なコントロールが難しくなります。誤学習が進むと、非麻痺側とは違うパターンを作ることもあります。
だから臨床では、力んで動かす練習を増やしません。肢位・支持・荷重を変えて、肘が混ざらない範囲を練習域にします。
「肩をすくめずに、腕を机の上で横へ少しだけ滑らせてみましょう。肘が曲がってきたら、そこで一度止めます。」
「曲がらない範囲で、あと3回だけ繰り返してみましょう。」
予後とゴール設定。
本論文は、回復の経過を追った研究ではありません。ある時点の筋活動を、健常群と比べた研究です。だから、予後をこの論文だけで語ることはできません。
時期の視点も持っておきましょう。Dromerickらは、脳卒中72名で、追加の上肢練習を始める時期を比べました。追加の練習は約20時間です(CPASS、Proc Natl Acad Sci USA, 2021 [単独RCT])。開始時期によって、回復の上積みが異なる可能性が示されています。詳細な結果は、原著で確認してください。
だから臨床では、ゴールを「実用手」だけに置きません。短期・中期・長期に分けて設定します。
短期(4〜8週):肩外転時の肘屈曲の混入が減るか、FMA-UEの変化が出るかを確認します。変化の大きさは、MCIDの目安(4.25〜7.25点、Page 2012)と比べます。ただし、この値は軽度〜中等度の慢性期で得られたものです。
中期(約3か月):麻痺手を生活に参加させる場面を増やします。例えば、食器を押さえる、衣服を支える、などの補助手としての使用です。
長期:肩の痛みを予防しながら、生活のなかで麻痺手が果たす役割を広げます。
よくある質問。
筋シナジーとは、複数の筋をひとまとまりで動員する神経系の制御単位です。脳は多数の筋を一つずつ指令せず、少数のシナジーを組み合わせて動作をつくると考えられています。臨床では、どの筋がセットで働いているかを読み取る視点になります。
Rohらの研究(2013年)では、肘屈筋・伸筋の比較的独立した活性化に関するシナジーは保たれていました。一方、肩の筋が中心となる2つのシナジーに変化がみられました。これは、三角筋の頭部を選択的に活性化する能力の障害と一致していました。
いいえ。4つのシナジーは、健常者と重度麻痺者の両方で筋活動の分散の約95%(94.6%と95.3%)を説明しました。数の問題ではなく、シナジーの構造と動員の仕方が変わっていることが問題になります。
Rohらは、FMA-UEが25点未満(66点満点)を重度の上肢障害として対象を選びました。ただし、これは本研究の組入基準であり、重症度分類の唯一の基準ではありません。他の研究の基準と混同しないよう、出典を確認して使ってください。
そのままは使えません。対象は慢性期の脳卒中10名と対照6名で、課題は等尺性の力発揮でした。論文は、筋シナジーを標的にした訓練の開発は可能かもしれないと述べる段階で、介入効果の検証は今後の課題です。
STROKE LABの私見です。軽度の麻痺では、非麻痺側と筋シナジーがほぼ変わらないことが示されています。重度になるほど、筋シナジーが減り、柔軟な制御が難しくなると考えます。軽度から中等度を扱った後続研究(Rohら、2015年)もあるため、原著で確認してください。
STROKE LABのプログラム。
STROKE LABは、脳卒中に特化した自費リハビリ施設です。「腕が動かない」「なぜ動かないのか分からない」というお悩みに向き合います。脳科学の知識と、手で触れて確かめる技術の両方を使います。
今回の論文のように、動かない腕の中に何が残り、何が変わったのかを丁寧に見極めます。そのうえで、ご本人に合った練習を組み立てます。
— STROKE LABのリハビリの様子や、臨床に即した実技動画をご覧いただけます。
「発症から1年以上たった重度の上肢麻痺の方でした。腕を上げようとすると、肘が曲がって手が胸に寄ってきます。私は肩を上げる練習をやめ、体幹と肩甲骨を安定させました。そのうえで、机の上で腕を横へ滑らせ、肘が曲がる手前で止める練習にしました。曲がり始める位置を毎回記録すると、小さな変化に気づけました。動かない理由を見極めてから練習を選ぶことが大切だと学びました。」— 作業療法士・臨床経験12年・脳卒中の上肢麻痺
「病棟の看護師さんから、着替えのたびに麻痺側の肩を痛がると相談されました。私は袖を通す順番と、肘の支え方を一緒に確認しました。手順を写真にして、病棟にも共有しました。その後は肩の訴えが減り、訓練でも動きが見やすくなりました。訓練室の外の時間が、結果を左右すると学びました。」— 理学療法士・臨床経験9年・脳卒中の体幹と歩行
※個人が特定されないよう、臨床場面を再構成しています。
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諦めないでください。

「腕はもう動かない」と言われた。そんな不安を抱えるご本人やご家族に、私は数多くお会いしてきました。今回の研究は、重い麻痺の腕でも、肘を動かすための筋活動のまとまりは保たれていたと示しています。
一方で、肩の筋のまとまりには変化がありました。だからこそ、どこが残り、どこが変わったのかを見極めることが大切です。動かない理由を見極めることから、リハビリは始まります。
STROKE LABでは、神経系に特化したセラピストが、ご本人とご家族のお話をじっくり伺います。まずは無料相談で、いまの状態とこれからのことを、一緒に整理しましょう。
代表取締役 金子 唯史
参考文献。

1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024) パーキンソン病の機能促進:医学書院 (2025)