【2026年版】転倒する高齢者 vs 転倒しない高齢者の違いとは?脳科学×バイオメカニクスで解明するリハビリアプローチ
転倒する高齢者としない高齢者、体の使い方はどこで分かれるのか。
転倒する高齢者と転倒しない高齢者では、前庭機能・大脳皮質の可塑性・下肢の筋シナジーに明確な違いがあります。神経科学とバイオメカニクスの両面から、その分岐点と臨床応用を整理しました。
— 転倒を想定した練習が、とっさの回復動作をどう引き出すかを解説した動画です。
要点5項目。
臨床現場でこう出会う。
68歳・男性。脳梗塞発症後2年(生活期)。BRS下肢Stage V、屋内独歩は自立しているが、屋外や夜間の歩行でつまずきが増えている。主訴は「夜中にトイレへ行くとき、ふらついて怖い」。
初回評価:TUG 14.2秒、FRT 18cm、閉眼片脚立位は数秒で崩れる。視覚を遮断すると著明にふらつきが増強するという所見が、この後の介入方針を決める鍵になった。
この患者さんを担当したとき、多くの新人セラピストは「下肢筋力を鍛えれば転倒は防げる」と考えがちです。しかし実際には、転倒する高齢者と転倒しない高齢者の違いは、筋力だけでは説明できません。
前庭システム(内耳の前庭器官と前庭脊髄路)の機能低下、大脳皮質の神経可塑性、そして下肢の筋シナジー(複数の筋を協調させて動かすパターン)。これら3つの視点を押さえることが、転倒予防リハビリの土台になります。本記事では、この3視点を神経科学・バイオメカニクスの両面から整理し、評価から介入、多職種連携までを実践的に解説します。

転倒の定義と疫学。
転倒(fall)は「本人の意図に反して、地面や床など低い場所に身体の一部が接触すること」と定義されます。単なる「よろけ」ではなく、実際に姿勢が崩れて支持基底面外に重心が逸脱した状態を指します。
地域在住の65歳以上高齢者では、少なくとも3人に1人が年1回以上転倒するとされます[SR/MA](Sherrington C, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2019)。脳卒中後の患者では、この割合はさらに高く、報告によって幅はあるものの一般高齢者より転倒リスクが高いことが知られています[複数RCT]。
転倒は単一の原因で起こることは少なく、内的要因(筋力・バランス・認知)と外的要因(環境・履物・照明)が重なって発生します。Tinettiらの古典的なコホート研究では、転倒リスク因子の数が増えるほど転倒発生率が指数関数的に上昇することが示されています[観察研究](Tinetti ME, et al. N Engl J Med. 1988)。だからこそ、原因を1つに絞らず多面的に評価する姿勢が重要です。
転倒がもたらす臨床的インパクト
大腿骨近位部骨折や頭部外傷は、転倒による代表的な重篤合併症です。骨折後は活動量がさらに低下し、廃用が進むという悪循環に陥りやすくなります。
転倒を経験すると、外出頻度や活動範囲が縮小しやすくなります。活動低下は筋力・バランス能力の低下を招き、次の転倒リスクをさらに高めます。
一度転倒すると「また転ぶかもしれない」という恐怖が生まれ、動作が硬くなりやすくなります。この過剰な緊張が、皮肉にも転倒リスクを高める要因になります(第08章で詳述)。
— ご本人・ご家族の状況を丁寧にお伺いします
STROKE LABでは、脳卒中・パーキンソン病などの神経疾患に精通したセラピストが、転倒予防を含めたオーダーメイドのリハビリプランをご提案します。保険リハビリとの併用も可能です。
神経メカニズムと責任システム。
転倒する高齢者では、前庭システム(内耳の前庭器官と前庭脊髄路からなる、頭部の動きと重力方向を検知して姿勢を制御する系)の機能低下がしばしば認められます。前庭反射が弱まると、暗い場所や不安定な床面などバランス条件が悪化した状況で、姿勢を維持しにくくなります[専門家合意]。Horakのレビューでは、姿勢制御には感覚系(視覚・体性感覚・前庭覚)・中枢処理・運動出力系が統合的に働く必要があり、そのいずれかの障害が転倒リスクを高めると整理されています[SR/MA](Horak FB. Age Ageing. 2006)。

— 本章で紹介する研究(Sawers & Bhatt, 2018)の要旨図。
大脳皮質の神経可塑性と筋シナジー
転倒しない高齢者は、運動学習を通じた神経可塑性(経験に応じて神経回路がつなぎ変わる脳の性質)を保っていると考えられています。一次運動野(M1)や補足運動野(SMA)の活動性が保たれている高齢者ほど、適応的な姿勢戦略を学習しやすいという専門家の見解があります[専門家合意]。
Sawers & Bhatt, 2018[単独RCT]:実験室でのスリップ誘発課題を用いた研究で、前脛骨筋・内側腓腹筋・外側広筋・大腿二頭筋長頭のEMGを記録し筋シナジー解析を行った結果、転倒した参加者は回復できた参加者よりも動員する筋シナジー数が少なかった(J Neurophysiol. 2018;120(4):1534-1546)。膝関節を制御する同側多筋の協調パターンが、転倒者では欠如していた。
先行研究[単独RCT]:同グループの2017年の報告でも、転倒した参加者は膝の屈筋・伸筋の活動開始が遅延し、過剰な同時収縮を伴う異なる筋シナジー構造を示すことが確認されている(Sawers A, et al. J Neurophysiol. 2017;117(2):509-522)。

— 転倒した参加者は回復できた参加者より、動員する筋シナジー数が少なかった。

— 「回復用」筋シナジー5つのうち4つは、両側の膝を制御する協調パターンで構成されていた。
転倒ハイリスクのタイプを見分ける。
「転倒しやすい高齢者」とひとくくりにせず、どの感覚系・運動戦略に偏りがあるかを見極めることが、介入の的を絞る第一歩です。臨床でよく遭遇する3つのタイプを整理しました。

| タイプ | 共通点 | 見分けるポイント | 参考評価 |
|---|---|---|---|
| 視覚依存型 | バランス不良全般 | 視覚遮断で著明にふらつきが増強する | 開眼/閉眼片脚立位の比較 |
| APA遅延型 | バランス不良全般 | 動作開始前の予測的な体幹前傾が乏しい・動作が硬い | 立ち上がり動作の観察・重心動揺計 |
| 筋シナジー低下型 | バランス不良全般 | 外乱時に股関節・膝関節が個別にしか反応せず、全身が棒のように硬くなる | 外乱刺激への反応観察・表面筋電図(可能な施設) |
評価尺度と採点基準。
転倒リスク評価には様々な尺度がありますが、ここでは臨床での実施頻度が高いTUG・BBS・FRTの3つを、カットオフ値とあわせて整理します。

| 項目 | 採点基準 | カットオフ値 | 解釈 |
|---|---|---|---|
| TUG | 椅子から立ち上がり3m歩行・方向転換・着座までの秒数 | 13.5秒以上 | 感度80%・特異度93.3%で転倒を予測 |
| BBS | 14項目の動的・静的バランス課題を0〜4点で採点(満点56点) | 45点未満 | 転倒リスク増加の目安として広く使用 |
| FRT | 立位で腕を最大前方リーチした距離(cm) | 15.24cm未満 | 転倒リスクが約2倍に上昇するとされる |
TUG[単独RCT]:地域在住虚弱高齢者30名(転倒歴あり15名・なし15名)を対象とした原著で、カットオフ13.5秒により全体正診率90%を報告(Shumway-Cook A, et al. Phys Ther. 2000;80(9):896-903)。ただしこの値は他の集団で再検証されておらず、施設入所者や急性期患者への外挿には注意が必要。
BBS[観察研究]:Bergらの原著開発研究において、高齢者のバランス能力を評価する尺度として信頼性・妥当性が検証された(Berg KO, et al. Can J Public Health. 1992;83(Suppl2):S7-S11)。MCID(臨床的最小変化量)はおおむね4〜5点前後とする報告が多い。
FRT[観察研究]:Duncanらの原著開発研究で、6インチ(約15.24cm)未満のリーチ距離が転倒リスク上昇と関連することが示された(Duncan PW, et al. J Gerontol. 1990;45(6):M192-M197)。
介入のエビデンスとパラメータ。
評価で見えたタイプに応じて、4つの介入戦略を組み合わせます。いずれも時間・回数・頻度を明確に設定することが、効果を引き出すポイントです。

座位で頭部を左右・上下にゆっくり動かしながら1点を注視する前庭眼反射(VOR)訓練を、1セット10回×2〜3セット、週3回程度から開始します。慣れたら立位・閉眼へ難易度を上げます。
立ち上がり動作で体幹をあらかじめ前傾させてから足底へ荷重する練習を10回×3セット。上肢のリーチ課題を加えることで体幹・下肢の連動を促します。
メトロノームで快適歩行テンポの±10%程度から開始し、1回10〜15分・週3回・4〜8週間継続します。歩幅のマーカーを併用すると視覚的なフィードバックにもなります。
つま先立ち・踵上げを10回×3セット、股関節外転筋強化を週3回。バランス課題を組み合わせた運動は、週3時間以上・12週間以上を目安に継続すると効果が出やすいとされます。
Sherrington C, et al., 2019[SR/MA]:108件のRCT・23,407名を対象としたCochraneレビューで、運動介入全体で転倒率が23%減少(RaR 0.77, 95%CI 0.71-0.83)。バランス・機能的運動に限定すると24%減少(RaR 0.76)と、さらに効果が高かった(Cochrane Database Syst Rev. 2019;1:CD012424)。
Sherrington C, et al., 2017[SR/MA]:バランス課題を含み、週3時間以上の運動量を確保したプログラムほど効果が大きいと報告(Br J Sports Med. 2017;51(24):1750-1758)。介入時間・頻度の確保が効果を左右するパラメータであることが分かる。

転倒予防は、筋力トレーニングだけでは成立しません。前庭系・大脳皮質・筋シナジーという3つの視点を組み合わせることで、本当に効果のあるプログラムが作れます。STROKE LABでは、この考え方に基づいた個別プランをご提供しています。
多職種連携と環境調整。
転倒予防は「セラピスト単独」では完結しない
履物・照明・手すりなどの環境要因、服薬による眠気やふらつき、認知機能の低下など、転倒には多面的な要因が絡みます。単独職種で抱え込まず、チームで情報を共有することが重要です。

「歩行練習の点数だけを見て安心しないこと。夜間の靴下の滑りやすさ、内服薬の変更履歴まで確認してはじめて、転倒予防リハビリと言える」
「看護師さんが持っている『夜間の様子』の情報は、日中しか関われないセラピストには絶対に取れない情報。積極的に聞きに行きましょう」
| 職種 | 評価項目 | 主な介入内容 | 連携ポイント |
|---|---|---|---|
| PT | TUG・BBS・FRT・歩行分析 | バランス・歩行トレーニング | 評価結果をチーム全体へ共有 |
| OT | ADL動作時の転倒リスク・住環境 | 手すり配置・動線の見直し | 自宅訪問情報をPTへフィードバック |
| ST | 認知機能・注意分配能力 | デュアルタスク耐性の向上支援 | 認知課題の難易度をPTと共有 |
| 看護師 | 夜間の様子・服薬状況 | 夜間巡視・服薬管理 | 夜間の転倒ヒヤリハット情報を共有 |
| 医師 | 起立性低血圧・めまい・薬剤性リスク | 薬剤調整・鑑別診断 | 運動負荷の可否をリハ側へ指示 |
| MSW | 生活背景・退院後の生活環境 | 介護保険サービス・住宅改修の調整 | リハ評価結果を住宅改修提案に反映 |
つまずきポイントと臨床判断のコツ。
転倒予防リハビリでは、新人セラピストが陥りやすい失敗パターンがいくつかあります。先に知っておくことで、遠回りを防げます。
臨床判断のコツ:難易度は「ぎりぎり成功する」設定に
「難しすぎる課題は恐怖を強め、簡単すぎる課題は学習が進まない。8〜9割成功する難易度を、常に微調整しながら探すのがコツ」
「セラピストが不安そうな顔をすると、患者さんはもっと不安になる。見守り方一つで、動作の硬さが変わることを覚えておいてほしい」
予後とゴール設定。
転倒予防リハビリの効果は、週3時間以上・12週間以上の継続でようやく統計的に有意な差として現れます[SR/MA]。短期間で結果が出ないからといって、介入方針そのものを頻繁に変える必要はありません。
転倒を完全にゼロにすることは現実的な目標ではありません。むしろ、つまずいた瞬間に適切な回復動作(ステップ戦略・パラシュート反応)を出せる体を作ることが、実現可能で臨床的に意味のあるゴールです。TUG・BBS・FRTの数値目標に加え、「とっさの一歩が出せるか」という質的な観察も、ゴール設定に組み込みましょう。
よくある質問。
Shumway-Cookらの原著は地域在住の虚弱高齢者30名(転倒歴あり15名・なし15名)を対象にした小規模研究です。感度80%・特異度93.3%と精度は高いものの、施設入所者や急性期の患者にはそのまま適用できません。対象者背景を確認したうえで、他の評価尺度と組み合わせて判断することを推奨します。
座位での頭部運動と注視点固定(前庭眼反射を利用した運動)は禁忌が少なく、新人でも導入しやすい介入です。ただし強い眩暈やめまい症状がある場合は、中枢性めまいなど鑑別が必要な病態を除外したうえで実施してください。判断に迷う場合は必ず先輩セラピストや医師に相談しましょう。
視覚障害がある方は、そもそも視覚以外の感覚(体性感覚・前庭覚)への依存度が高い場合が多く、安易に視覚遮断課題を追加すると転倒リスクがかえって上がることがあります。個々の感覚代償パターンを評価したうえで、難易度と見守り体制を調整してください。
リズム聴覚刺激(RAS)はパーキンソン病の歩行改善で研究が進んでいますが、脳卒中後や虚弱高齢者の歩幅安定化にも応用されています。対象疾患を問わず、まずは快適歩行リズムに近いテンポから始め、徐々に目標テンポへ近づける進め方が安全です。
表面筋電図や筋シナジー解析は研究室レベルの機器が必要で、外来では実施しにくいのが実情です。臨床では、片脚立位や外乱刺激に対する下肢多関節の協調した反応が出ているか、あるいは股関節・膝関節が個別にしか動かず全身が棒のように硬くなっていないかを目視で観察することが、簡易的な代替評価になります。
恐怖回避が強いと筋の同時収縮が増え、かえって動作が硬くなり転倒リスクが上がることがあります。難易度の低い課題から成功体験を積み重ね、安全な環境で「できた」という感覚を作ることが優先です。無理に難易度を上げず、段階的曝露の考え方でゴール設定を行いましょう。
STROKE LABのプログラム。
STROKE LABは、脳卒中・パーキンソン病・脊髄損傷など神経疾患のリハビリに精通したセラピストが在籍する自費リハビリ施設です。保険リハビリでは対応しきれない頻度・時間・内容を、お一人おひとりに合わせてオーダーメイドでご提案します。転倒予防プログラムも、前庭系・大脳皮質・筋シナジーという3つの視点に基づいて個別に設計します。
— 実際のリハビリでどのように体が変化していくかをまとめた動画です。
「夜間トイレ移動で転倒を繰り返していた利用者様がいました。TUGと閉眼片脚立位で視覚依存の傾向が強いと分かり、前庭刺激と視覚遮断課題を段階的に導入。3ヶ月後にはTUGが4秒短縮し、ご本人から『夜も安心して歩ける』と言っていただけました。評価で見えたタイプに合わせて介入を絞り込むことの大切さを、あらためて実感した症例です」— 理学療法士・臨床経験12年・神経系リハビリ専門
「転倒恐怖が強く、動作が硬くなっていた利用者様に対し、最初はあえて簡単な課題から始めて『できた』という成功体験を積んでいただきました。難易度を急に上げず、2週間かけて少しずつ引き上げたところ、表情も動作も明らかに柔らかくなりました。焦らないことが結果的に一番の近道だと学びました」— 作業療法士・臨床経験8年・地域包括ケア領域
諦めないでください。

脳卒中後や高齢による転倒リスクは、決して「加齢だから仕方ない」で片づけられるものではありません。前庭系・大脳皮質・筋シナジーという神経科学の視点を取り入れることで、まだ改善できる余地は十分にあります。
発症から半年、1年が経過していても、最新のエビデンスに基づいたリハビリで機能が改善する症例を、私たちは数多く見てきました。
「まだ間に合うかもしれない」——その直感を、ぜひ私たちに聞かせてください。ご本人・ご家族に寄り添いながら、一緒に次の一歩を考えます。
代表取締役 金子 唯史
参考文献。

1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024) パーキンソン病の機能促進:医学書院 (2025)