転倒予防になぜ認知機能評価が必要?MMSEと危険因子を臨床解説
転倒は、なぜ認知機能まで診なければ防げないのか。
バランス評価の点数だけを見て「自立」と判断していませんか。再発性転倒の背景には記憶・注意・視空間認知の低下が隠れていることがあります。本記事では定義・危険因子から評価・介入・多職種連携までを整理します。

要点5項目。
臨床現場でこう出会う。
78歳女性。脳卒中発症後6ヶ月(生活期)。BRS下肢Ⅳ、FIM運動項目80/91点。主訴は「最近何度もふらついて転んでしまう」。院内転倒歴2回。
初回評価ではTUGが延長し、MMSEは19点。バランス評価のカットオフ値自体は大きく外れていませんでしたが、「歩行は自立レベル」と判断してよいか迷う症例でした。
この患者さんのように、運動機能上は「自立」に見えても繰り返し転倒するケースは臨床でよく出会います。多くの場合、その背景には認知機能や心理的側面が関わっています。本記事では、転倒の定義・危険因子の整理から、認知機能(特にMMSE)と転倒の関連を示す観察研究、評価・介入・多職種連携までを順に確認していきます。
転倒の定義と疫学。
「転倒」という言葉は臨床で頻繁に使いますが、その定義を意識したことはあるでしょうか。研究上は複数の定義が併用されており、まず整理しておく必要があります。

「他者による外力、意識消失、脳卒中などによる突然発症した麻痺、てんかん発作等によることなく、不注意によって、人が同一平面あるいはより低い平面へ倒れること」と定義されています1。研究でよく使われるシンプルな版では「地面、床、または低いレベルで休息する予期せぬ出来事」とされることもあります。意識消失や発作性の転倒とは区別して記録することが、原因評価の第一歩になります。
疫学:転倒は決して稀な出来事ではない
高齢者の転倒は増加傾向にあり、入院の大きな原因の一つです。米国のサーベイランスデータでは、65歳以上成人の27.5%が2018年の1年間に少なくとも1回転倒し、10.2%が転倒による障害(受診を要する外傷等)を負ったと報告されています[観察研究]2。臨床経験の浅い時期ほど「転倒は特別な出来事」と捉えがちですが、実際には非常に高頻度に起こる現象として向き合う必要があります。
加齢、病理的な問題、運動不足、多臓器不全、環境要因はじめ200以上の危険因子が確認されています。複数の要因が重複している患者も多く、すべてを特定するのは困難です。主要な原因を優先して評価・特定する姿勢が重要です。
歩行能力・バランス機能・筋力低下・視空間機能障害・認知機能障害に加え、不安やうつ症状などの精神面の問題、自身の能力に対する誤った認識、転倒恐怖感も危険因子として挙げられます。
多剤投与(ポリファーマシー)は転倒の独立した危険因子とされています。不安・抑うつ状態は運動介入への参加やリハビリ進行を妨げ、結果的に運動不足から転倒・骨折リスクを高める点にも注意が必要です。
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危険因子と認知機能の関係。
転倒の危険因子は「内因性」と「外因性」に分けて整理すると評価がしやすくなります。内因性因子は運動感覚障害、薬物、パーキンソン病・脳卒中・変形性関節症・糖尿病など転倒リスクを高める病気の存在に関連します。外因性因子は病気や薬物とは関係のない、氷上で滑るといった社会的・物理的な外部環境要因を指します。75歳未満の転倒は75歳以上に比べ外因性要因によるものが多いと報告されています[専門家合意]。
なぜ認知機能が転倒に関わるのか
臨床では、バランス機能がカットオフ値に達していなくても、認知機能に問題がなければ生活動作が自立している患者さんは少なくありません。逆に言えば、認知機能や高次脳機能、心理的側面が転倒リスクに独立して影響している可能性があるということです。MMSE(ミニメンタルステート検査:見当識・記銘・注意/計算・再生・言語・構成能力を評価する認知機能スクリーニング検査)3などの検査結果を、運動機能評価と統合して解釈する視点が求められます。

— 再発性転倒者群は単回転倒者・非転倒者群に比べMMSEスコアが有意に低い傾向が報告されています(既存記事内の紹介論文より)。
再発性転倒とMMSE下位項目[観察研究]:三次医療機関の高齢者ケア病棟において、2回以上転倒した患者70人を、1回転倒した患者269人・非転倒患者69人と比較した後方視的研究。対象者平均年齢80±10.1歳4。
主要結果:再発性転倒の独立した危険因子は認知症・脳卒中・心房細動の既往でした。MMSEスコアは再発性転倒群17.3±6.7、単回転倒群20.2±6.2、非転倒群24.0±5.1と、再発性転倒群で有意に低値でした。再発性転倒群のMMSEは18点未満が目安とされています。
下位項目の特徴:再発性転倒患者は単回転倒患者に比べ、MMSEの「即時想起」「注意と計算」「遅延再生」「模写」の項目で有意にスコアが低い傾向がありました。短期記憶・想起・視空間認知に関わる認知障害が、再発性転倒に寄与している可能性が示唆されています。
例えば記憶面に問題がある患者さんに「気をつけてくださいね」と注意喚起しても、そもそも注意されたこと自体を覚えていない、という状況が起こり得ます。細項目の失点の意味を、動作指導の方法にまで落とし込んで考える視点が重要です。
転倒リスクの主要因の鑑別。
「転倒しやすい」と一括りにせず、どの因子が主に寄与しているのかを鑑別する視点を持つと、介入の優先順位が明確になります。代表的な主要因を整理します。

| 主要因 | 共通点 | 鑑別ポイント | 参考検査 |
|---|---|---|---|
| 運動機能低下 | 歩行速度・バランスの低下 | 認知機能は保たれているのに転倒する場合はこちらが主要因のことが多い | TUG・BBS・10m歩行 |
| 認知機能低下 | 「ふらつき」の自覚に乏しい・再発性 | バランス機能に対し転倒回数が多い・記憶が曖昧な場合に疑う | MMSE・HDS-R |
| 転倒恐怖感 | 活動量低下・すくみ足様の動作 | 身体機能の割に活動範囲が過度に狭い場合に疑う | FES-I等の質問紙 |
| 多剤投与 | ふらつき・傾眠傾向 | 服薬変更のタイミングと転倒発生時期が近接していないか確認 | 服薬内容の確認(医師・薬剤師連携) |
| 外因性(環境) | 特定の場所・状況で繰り返し発生 | 75歳未満で外因性要因の寄与が相対的に大きい傾向 | home visit・環境評価 |
評価尺度と採点基準(MMSE)。
転倒リスクの評価では運動機能評価に加え、MMSEによる認知機能スクリーニングを組み合わせることが推奨されます。ここではMMSEの全項目と採点基準を整理します。

| 項目 | 採点基準 | カットオフ値 | 解釈 |
|---|---|---|---|
| 見当識(時間・場所) | 各1点、計10点満点 | — | 失見当は生活環境での混乱・誤った動作判断につながりやすい |
| 即時想起(3単語復唱) | 3点満点 | — | 再発性転倒群で低下しやすい項目4 |
| 注意と計算(100-7) | 5点満点 | — | 二重課題場面での転倒リスクと関連しうる項目4 |
| 遅延再生 | 3点満点 | — | 指示内容を「覚えていられるか」の指標。再発性転倒群で低下4 |
| 言語(呼称・復唱・理解・読字・書字) | 8点満点 | — | 指示理解が不十分だと動作指導が届かないリスクを示唆 |
| 構成能力(図形模写) | 1点満点 | — | 視空間認知の指標。再発性転倒群で有意に低下4 |
満点30点[専門家合意]:MMSEはFolsteinら(1975)により開発された認知機能スクリーニング検査で、30点満点、一般的に24点未満で認知機能低下の疑いとされます3。
信頼性・妥当性[SR/MA]:レビュー研究では検者間信頼性・再検査信頼性ともに良好であることが確認されていますが、教育歴・年齢による影響を受けやすい点が限界として指摘されています5。
転倒リスク文脈でのカットオフ[観察研究]:今回紹介した観察研究では、再発性転倒群の平均MMSEは17.3±6.7点で、18点未満が一つの目安とされています4。ただし単一施設の後方視的研究であり、他集団への一般化には注意が必要です。
介入のエビデンス。
転倒予防の介入は、単一の訓練ではなく複数要素を組み合わせた多因子アプローチが有効とされています。ここでは代表的な介入の考え方とパラメータを整理します。

コクランのシステマティックレビューでは、バランス要素を含む運動を週3回以上・数ヶ月単位で継続することが、地域在住高齢者の転倒率減少と関連することが示されています6。頻度・強度は耐久性や認知機能に応じて調整します。
記憶・注意に問題がある場合、口頭指示のみに依存せず、動作の場面で繰り返し・具体的に伝える、視覚的手がかりを併用するなど、1回15〜20分程度の反復練習を毎セッション組み込むことが実践されています。
過度な活動制限がある場合、成功体験を積める難易度から段階的に活動範囲を広げます。1セッションあたり成功できる課題を複数用意し、自己効力感の回復を並行して図ります。
運動介入だけで完結させず、多剤投与や起立性低血圧など内科的要因の有無を医師・薬剤師と共有する体制を、介入初期の段階から整えておきます。

STROKE LABでは、身体機能と認知・心理面の両面から転倒リスクを評価し、根拠に基づいたリハビリプログラムをご提案しています。ご本人・ご家族だけで抱え込まず、まずはご相談ください。
多職種連携と環境調整。
なぜ一職種だけでは対応しきれないのか
転倒の危険因子は運動・認知・薬剤・環境と多岐にわたるため、PT/OTだけで対応が完結することはほとんどありません。特に多剤投与や内科的疾患の確認は、医師・薬剤師との情報共有が前提になります。

「バランス評価の数値だけをカルテに書くのではなく、MMSEの下位項目まで併記しておくと、他職種カンファレンスでの情報共有が格段にスムーズになります。」
「服薬内容の変更があった週に転倒が増えていないか、看護記録と突き合わせる習慣をつけましょう。」
| 職種 | 評価項目 | 主な介入内容 | 連携ポイント |
|---|---|---|---|
| PT | 歩行・バランス・筋力 | バランス運動・歩行練習 | MMSE結果をOT/看護と共有し訓練難度を調整 |
| OT | ADL・生活動作場面での危険行動 | 生活動作指導・福祉用具調整 | PTの評価結果を踏まえ動作手順を具体化 |
| ST | 高次脳機能・指示理解力 | 記憶・注意への介入 | 動作指導の伝え方をPT/OTに助言 |
| 看護師 | 生活場面での転倒発生状況 | 病棟内での見守り・記録 | 転倒発生時間帯・状況をリハ職に共有 |
| 医師 | 基礎疾患・服薬内容 | 処方調整・診断 | 多剤投与の見直しをリハ職から提案・相談 |
| MSW | 在宅環境・介護サービス状況 | 退院後サービス調整 | 住環境の外因性リスクをリハ職と共有 |
つまずきポイントと臨床判断のコツ。
新人時代の私自身も含め、多くの療法士が同じ落とし穴にはまります。先に知っておくことで防げるつまずきを3つ紹介します。
先輩からのひとこと
「転倒歴を聞くときは回数だけでなく、時間帯・場所・直前の動作まで具体的に聞いてください。内因性か外因性かの手がかりが見えてきます。」
「MMSEの点数だけでなく、どの下位項目で失点しているかをカルテに残すと、後で振り返ったときに介入の根拠が明確になります。」
予後とゴール設定。
MMSEが18点未満の患者さんでは、運動機能の改善だけを目標にするのではなく、認知機能の特性を踏まえた「実行可能な生活場面のゴール」を設定することが現実的です。
歩行自立度だけでなく、「どの環境で」「どの時間帯に」自立可能かを具体化します。注意・記憶に問題がある場合は、単純な動線・見守り体制を前提としたゴールに調整し、家族・多職種と共有します。定期的にMMSE下位項目と転倒歴を再評価し、ゴールを更新していく姿勢が求められます。
よくある質問。
研究ではGibson(1987)の定義や、より簡便な「地面・床・より低い場所へ不注意に至る予期せぬ出来事」という定義が使われます。カルテ記載では後者のシンプルな定義で統一し、意識消失や脳卒中発作による転倒(内科的失神など)は区別して記録すると多職種間で情報共有しやすくなります。
いいえ。バランス機能のカットオフ値を満たしていても、MMSEなど認知機能が低下している場合は生活場面での転倒リスクが残ります。運動機能評価と認知機能評価は必ずセットで解釈してください。
観察研究では即時想起・注意と計算・遅延再生・模写の各項目で、再発性転倒者のスコアが単回転倒者より有意に低い傾向が報告されています。短期記憶・想起・視空間認知に関わる項目に特に注意してください。
コクランレビューでは、バランス要素を含む運動を週3回以上・数ヶ月単位で継続する多因子運動プログラムが地域在住高齢者の転倒率減少と関連することが示されています。個々の耐久性や認知機能に応じて頻度・強度を調整することが前提です。
優先順位ではなく並行評価が原則です。ただし高齢になるほど内因性要因(運動機能・認知機能・多剤投与など)の寄与が相対的に大きくなる傾向があるため、75歳以上では内因性要因の評価を厚めに行うことが推奨されます。
はい。複数の観察研究で多剤投与は転倒の独立した危険因子として報告されています。服薬内容の確認は理学療法士・作業療法士だけでは完結しないため、医師・薬剤師との連携が不可欠です。
STROKE LABのプログラム。
STROKE LABは脳卒中専門の自費リハビリ施設です。転倒を繰り返す方には、運動機能の評価だけでなく認知機能・心理面まで含めた総合評価をもとに、個別のプログラムをご提案しています。
「再発性に転倒する利用者様で、バランス評価上は大きな問題がないケースを担当しました。MMSEを取り直したところ遅延再生と模写の失点が目立ち、視覚的な手がかりを増やした歩行指導に切り替えたところ、転倒頻度が明らかに減少しました。数値だけで判断せず、下位項目まで見る大切さを実感した経験です。」— 理学療法士・臨床経験8年・脳卒中リハビリ専門
「ご家族が『目を離すと転んでしまう』と悩まれていたケースで、転倒の時間帯を詳しく伺うと夜間のトイレ移動に集中していることが分かりました。動線に足元灯を設置いただき、移乗手順を単純化したところ、夜間の転倒がなくなりました。環境調整の効果を実感した症例です。」— 作業療法士・臨床経験6年・高齢者リハビリ専門
お一人で抱えないでください。

転倒は「たまたま」ではなく、身体機能・認知機能・環境が複雑に絡み合って起こります。ご本人やご家族だけで原因を特定するのは簡単なことではありません。
STROKE LABでは、専門的な評価にもとづき、一人ひとりに合ったリハビリプログラムをご提案しています。
「また転ぶかもしれない」という不安を少しでも軽くできるよう、まずは無料相談で現在の状況をお聞かせください。
代表取締役 金子 唯史
参考文献。

1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024) パーキンソン病の機能促進:医学書院 (2025)