顎関節リハビリと姿勢制御の関係【2024年】脳卒中後のバランス改善法、自主トレまで解説
論文を読む前に
論文を読む前に、講義形式で「顎関節リハビリテーションと姿勢制御の関係」について学んでいきたいと思います。
登場人物:
- 金子先生: 経験豊富なリハビリテーション医師
- 丸山さん: 新人療法士
丸山さんが研修室に入ってきます。今日の講義テーマは「脳卒中患者における顎関節へのリハビリテーション介入と姿勢制御の関係」です。
金子先生の講義
金子先生: 「丸山さん、今日は顎関節と姿勢制御について話しましょう。まず、顎関節へのリハビリ介入が姿勢制御にどのような影響を与えるかという点ですが、これは非常に重要なテーマです。最近の研究では、顎関節の動きが全身の姿勢制御に強く関連していることがわかってきています。」
丸山さん: 「顎関節と姿勢制御が関係しているというのは、少し意外ですね。詳しく教えていただけますか?」
金子先生: 「そうですね。顎関節は頭部の運動やバランス、さらには全身の姿勢に影響を与えることが研究で示されています。例えば、顎関節の筋肉である側頭筋や咬筋、外側翼突筋、内側翼突筋などが、頭頸部の姿勢に直接的に影響を及ぼします。これらの筋肉が緊張すると、頸椎のアライメントが変わり、結果として全身の姿勢制御にも影響を与えることになります。」
丸山さん: 「顎関節周囲の筋肉が姿勢に影響を与えるということですね。具体的にはどのようにリハビリテーションに役立てるのでしょうか?」
金子先生: 「顎関節に対するリハビリ介入は、まず顎関節の可動域を改善し、筋緊張を緩和することから始めます。この際、頸椎や体幹の姿勢を整えながら、顎関節の運動を行うことが重要です。具体的には、患者に開口運動や側方運動を指導する際に、常に正しい頭頸部の位置を保つように注意を促します。これにより、頸椎のアライメントが改善され、結果的に全身の姿勢制御が向上することが期待できます。」
丸山さん: 「顎関節の運動だけでなく、全体的な姿勢を意識しながらリハビリを進めることが大切なんですね。」
金子先生: 「その通りです。さらに、顎関節リハビリテーションの効果を最大化するためには、患者の姿勢に対するフィードバックが重要です。ミラーを使って自分の姿勢を確認させたり、視覚的なフィードバックを用いて顎関節と全身の姿勢との関係を患者自身に理解させることが効果的です。」
理論的背景とエビデンス
金子先生: 「ここで、少し理論的な背景に触れましょう。顎関節の異常が姿勢制御に影響を及ぼすメカニズムとして、以下の2つのポイントが考えられます。」
筋膜の連結性:
- 説明: 筋膜は全身を覆う連続した組織であり、顎関節の筋肉と首、肩、さらには体幹の筋肉ともつながっています。このため、顎関節の異常が他の部位に影響を及ぼすことがあります。
- 具体例: 例えば、咬筋や側頭筋の過緊張が首の筋肉を引っ張り、頭部の姿勢に影響を与えることで、全身の姿勢制御に影響を及ぼします。
神経学的連結性:
- 説明: 顎関節と頸椎の感覚神経は、脳幹を介して密接に関連しています。顎関節からの感覚情報が脳幹を介して姿勢制御に影響を与えることがあります。
- 具体例: 顎関節の異常な感覚情報が、脳幹を通じて姿勢制御に関与する神経経路に影響を与え、結果としてバランス能力に影響を与える可能性があります。
金子先生: 「これらの理論的背景に基づいて、顎関節リハビリテーションを行う際には、患者の姿勢に対する配慮が非常に重要となります。」
実際のリハビリテーション手順と注意点
丸山さん: 「先生、具体的にはどのような手順でリハビリテーションを進めれば良いでしょうか?また、注意すべき点はありますか?」
金子先生: 「まず、初期評価として、顎関節の可動域、筋緊張、疼痛の評価を行います。次に、姿勢評価を行い、顎関節の異常が姿勢にどのように影響しているかを確認します。その後、顎関節のストレッチやマッサージ、筋力強化を行いながら、同時に姿勢を修正していくアプローチを取ります。」
注意点:
- 過度な力をかけない: 顎関節は繊細な構造であり、過度な力をかけると逆効果になる可能性があります。
- 患者のフィードバックを重視する: 顎関節や姿勢の変化に対する患者の感覚を常に確認しながら進めることが重要です。
- 姿勢の変化をモニタリングする: 顎関節の治療が全身の姿勢にどのように影響しているかを定期的にモニタリングする必要があります。
金子先生: 「丸山さん、顎関節のリハビリテーションは、単なる局所治療ではなく、全身的な姿勢制御を考慮したアプローチが必要です。このことを忘れず、常に全身を見ながら治療を進めてください。」
丸山さん: 「ありがとうございます、先生。顎関節のリハビリが全身に及ぼす影響をしっかりと理解し、患者さんに適切なケアを提供できるように頑張ります。」
論文内容
カテゴリー
バイオメカニクス
タイトル
顎と姿勢制御の関係とは?Effect of three different jaw positions on postural stability during standing?PMCへ Ahmad H. Alghadir et al.(2015)
本論文を読むに至った思考・経緯
•顎関節~肩へ問題を抱える患者を担当しており、その学習の一助として本論文に至る。
論文内容
論文背景
•先行研究では、顎関節および頭頚部が解剖学的、生体力学的および神経学的に関連していることが示されている。また、顎関節および頚部~肩の複合体は協調的に働くことが観察されている。 •自発的に歯を食いしばる事は、様々な運動課題のパフォーマンスを高める、手のグリップなど他部位の筋活動を増加させることが示されている。
研究目的
•研究目的は、健康な成人において顎関節の状態を変化させることで姿勢制御がどのような影響を受けるのか効果を研究することであった。
研究方法
•健常男性116名(年齢平均31歳)が研究に参加した。 i) resting jaw : 安静時、指示が出されていない自然な状態 ii) open jaw : 口を少し開いた状態 iii)clenched jaw: 口が閉じられ、歯を少し食いしばった状態 の3つの試験位置で行われた。その間、50×50×15cmの発泡体の上で静止立位を取り重心位置(COG)速度を比較した。 開眼・閉眼の条件も付加されている。
研究結果
•「clenched jaw 歯を食いしばった状態」のCOG速度は、open jawおよびresting jawと比較して有意に減少した。これは、顎の感覚運動システムが姿勢機構を調節できることを示唆している。 • 開眼状態では、安静時と比較してopen jawにおいてCOG速度が9%減少し、clenched jawでは16%減少した。 • 閉眼状態では、安静時と比較してopen jawにおいてCOG速度が14%減少し、clenched jawでは25%減少した。
結論
•本研究はclenching(食いしばり)は視覚入力の有無に関わらず不安定面に立つ際の姿勢の安定性を高めることが出来、姿勢不安定患者の治療およびリハビリにおいて「顎」について考慮すべきであると結論する。
興味深い内容
• オクルーザルスプリントを装着することで姿勢を変えることができ、咬合治療によって咀嚼筋の再平衡が誘導され、身体姿勢が改善されることが報告されている(Bracco et al .2004) 。 • 歯の咬合は、ヒラメ筋および前脛骨筋のH反射を促進し、H反射の促進の程度と咬筋の筋電図活動の程度との間に正の関係が報告されている(Takada et al.2000)。
明日への臨床アイデア
脳卒中患者における顎関節のリハビリ介入が、姿勢制御やバランス機能の改善に効果的であることが示唆されています。顎関節、特にその感覚運動系が全身の姿勢制御にどのように寄与しているかを理解することは、効果的なリハビリテーションの実施に不可欠です。
研究では、顎関節のclenched jaw(噛みしめた状態)だけでなく、open jaw(口を開けた状態)でも姿勢の安定性が向上していることが示されています。このことは、顎周囲の筋活動が姿勢制御に大きく関与していることを示唆しています。また、三叉神経、舌、顎-頭頚部-肩の複合体が姿勢制御に影響を与えるという報告もあり、顎関節の機能が全身のバランスや姿勢制御に深く関わっていることがわかります。
臨床応用の提案
顎関節の感覚入力を利用した姿勢制御の改善:
- アプローチ: 患者に対し、意識的に顎を開けたり閉じたりする動作を取り入れ、安定した姿勢を保つ練習を行う。特に、open jawとclenched jawの交互運動を組み合わせることで、顎関節周囲の筋活動を高め、姿勢制御を向上させることが期待されます。
- 応用例: 座位や立位でのバランストレーニングの際に、顎関節の動きを組み合わせることで、より安定した姿勢が得られるかを評価します。特に、開口状態での姿勢保持が難しい患者には、clenched jawのトレーニングを取り入れ、徐々にopen jawの状態でも安定性を保てるように進めます。
三叉神経と姿勢制御の関係に基づくリハビリ介入:
- アプローチ: 三叉神経を刺激することで、頭頚部から肩にかけての複合体の安定性を向上させるトレーニングを行います。例えば、口腔内の感覚刺激を用いて三叉神経を活性化し、姿勢制御を改善する方法が考えられます。
- 応用例: ガムを噛む、あるいは専用の口腔器具を使用して噛む運動を取り入れ、三叉神経の刺激を増やすことで、顎-頭頚部-肩の複合体の安定性を高め、結果的に姿勢制御の改善を図ります。
舌の動きと姿勢制御の連動を意識したトレーニング:
- アプローチ: 舌の位置や動きが全身のバランスに影響を与えることを利用し、リハビリ中に舌のポジションを意識させるトレーニングを行います。舌の位置をコントロールすることで、首や肩の筋肉の緊張を調整し、姿勢を安定させます。
- 応用例: 立位保持や歩行中に舌を上顎に軽く押し当てる動作を加えさせ、その状態で姿勢の安定性を評価します。この方法は特に、立位や歩行中のバランスが不安定な患者に有効です。
頭頚部と肩の協調性向上を目指したリハビリ:
- アプローチ: 顎関節、頭頚部、肩の協調的な動きを意識させるトレーニングを行い、全身の姿勢安定性を強化します。顎関節の運動を伴う肩のリハビリを行い、複数の筋群が連動して働くことを促進します。
- 応用例: 頭を前後に動かしながら肩の動きと連動させるトレーニングを行い、これにより全身の姿勢安定性を評価・改善します。
自主トレの提案
⚪︎顎周りの筋肉が硬いのか・柔らかいのか麻痺側と非麻痺を触って確認
【筋肉が硬い場合】
①マッサージで緩め、噛みしめたり緩めたりを繰り返す
②立位で顎を支え噛みしめすぎに注意しながら前後に重心移動を行う.
③全身がリラックスした状態を保持し、重心移動の幅を前後左右に広げて動ける範囲を広げる
【筋肉が柔らかい場合】
①顎を触り手がかりを与え噛みしめたり緩めたりを繰り返す
②立位で顎を支え顎が不安定になっていないか注意し前後に重心移動する
③全身がリラックスした状態を保持し、重心移動の幅を前後左右に広げて動ける範囲を広げる
顎関節の自主トレのポイント
①良い顎の位置は股関節の真上から少し前
顎は頸部筋と関連が強く,頸部筋はバランスにも影響を与えます.全身の姿勢に注意しましょう。
②バランスをとる時顎は過剰に噛みしめない
重心移動の練習中も顎を過剰に噛みしめていないか手で確認しながら行いましょう.
③不安な人は座った姿勢から始めよう
立位が不安定な方は座った姿勢から始めて、正しい顎の状況を作っていきましょう.
新人療法士が注意すべきポイントと事前準備
顎関節に対するリハビリテーションの介入を初めて行う新人療法士が注意すべきポイントと事前準備のポイントを以下に示します。
注意すべきポイント
顎関節の構造と機能の理解:
- 説明: 顎関節(TMJ)の解剖学的構造、筋肉、神経、動きのパターンをしっかり理解してから介入を始めることが重要です。
- 具体例: 顎関節を構成する咀嚼筋、側頭筋、咬筋、外側翼突筋、内側翼突筋などの機能を理解する。
顎関節の動きの評価:
- 説明: 開口運動、側方運動、前方運動など、顎関節の動きを評価し、どの動きに制限や痛みがあるかを確認します。
- 具体例: 患者に口を開け閉めさせ、偏りや痛みがないか観察する。
咬合(かみ合わせ)の確認:
- 説明: 咬合の状態が顎関節の動きや痛みに影響を与えることがあるため、かみ合わせを確認します。
- 具体例: かみ合わせが正しいか、また顎関節の痛みとの関連性を評価する。
痛みの評価と管理:
- 説明: 顎関節に痛みがある場合、そのレベルを評価し、適切な痛み管理の方法を考慮します。
- 具体例: 顎関節の痛みの場所、痛みの種類(鋭い、鈍いなど)を評価し、必要に応じて冷やす、温める、マッサージを行う。
筋緊張の確認:
- 説明: 顎関節周囲の筋肉の緊張状態を評価し、必要に応じてリラクゼーションやストレッチを行います。
- 具体例: 咬筋や側頭筋の緊張が強い場合、筋弛緩を促すテクニックを導入する。
姿勢の影響:
- 説明: 頭頸部の姿勢や全体的な体の姿勢が顎関節に影響を与えることがあるため、姿勢の評価も行います。
- 具体例: 患者が前屈姿勢をとっている場合、それが顎関節にどのように影響しているかを確認する。
患者教育:
- 説明: 患者に顎関節の使い方や日常生活での注意点を説明し、リハビリテーション効果を高めるようにします。
- 具体例: 過度に固い食べ物を避ける、口を大きく開けすぎないなどの指導を行う。
呼吸法の指導:
- 説明: 適切な呼吸法が顎関節のリラクゼーションに寄与するため、腹式呼吸などを指導します。
- 具体例: 緊張を和らげるため、深い腹式呼吸を教える。
心理的要因の考慮:
- 説明: 顎関節症はストレスや不安が原因で悪化することがあるため、心理的要因も考慮します。
- 具体例: ストレス管理やリラクゼーションの重要性を患者に説明する。
フォローアップの計画:
- 説明: リハビリテーションの効果を確認し、必要に応じてプランを調整するためのフォローアップを計画します。
- 具体例: 定期的にリハビリテーションの進捗を評価し、次のステップを計画する。
事前準備のポイント
解剖学的知識の復習:
- 説明: 顎関節の解剖学的構造や関連筋群をしっかりと復習しておくことが重要です。
- 具体例: 主要な筋肉や神経の位置と機能を確認する。
評価ツールの準備:
- 説明: 顎関節の評価に必要なツールを準備します。
- 具体例: ゴニオメーター、咬合紙、視診と触診のためのガイドなどを用意する。
患者の病歴の確認:
- 説明: 患者の過去の病歴や現在の症状を詳しく確認し、適切なリハビリテーション計画を立てる準備をします。
- 具体例: 顎関節症の既往や現在の治療歴を調査する。
教育資材の準備:
- 説明: 患者に説明するための資料やガイドラインを準備します。
- 具体例: 咀嚼筋のリラクゼーション方法や正しい姿勢を示す資料を用意する。
リラクゼーション技術の練習:
- 説明: 顎関節の緊張を緩和するための技術(マッサージ、ストレッチ)を事前に練習します。
- 具体例: 施術の手順を確認し、効果的なリラクゼーションテクニックを練習する。
姿勢評価の準備:
- 説明: 顎関節に影響を与える姿勢の評価方法を事前に確認します。
- 具体例: 姿勢チェックリストや評価方法を確認する。
患者の期待値の調整:
- 説明: 患者がリハビリテーションに対してどのような期待を持っているかを確認し、それに合わせた説明を準備します。
- 具体例: 治療の見込みや進捗について、現実的な説明を行う。
エクササイズの計画:
- 説明: 顎関節の動きを改善するためのエクササイズプログラムを計画します。
- 具体例: 開口運動や側方運動など、具体的なエクササイズの内容を準備する。
症例研究の確認:
- 説明: 顎関節リハビリテーションに関する症例研究やガイドラインを確認し、最新の情報を把握します。
- 具体例: 文献を調査し、最新の治療法やアプローチを確認する。
安全対策の確認:
- 説明: リハビリテーション中の安全対策を確認し、事故や怪我を防ぐための準備を行います。
- 具体例: 患者の体位変換や動作中のサポート体制を確認する。
これらのポイントを押さえることで、新人療法士が顎関節のリハビリテーションを安全かつ効果的に行うことができます。
退院後のリハビリは STROKE LABへ
当施設は脳神経疾患や整形外科疾患に対するスペシャリストが皆様のお悩みを解決します。詳しくはHPメニューをご参照ください。
STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
STROKE LABではお悩みに対してリハビリのサポートをさせていただきます。詳しくはHPメニューをご参照ください
1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023)