運動前野(PMC)とは?役割・損傷症状・失行の評価とリハビリを解説
運動前野は、なぜ動作の組み立てを担い、損傷でそれが崩れるのか。
運動前野(PMC)は一次運動野の前方にあり、動作の計画・順序付けを担う領域です。損傷すると「できるはずなのにできない」失行という状態が生まれます。本記事では解剖から評価・介入・つまずきポイントまで、臨床でそのまま使える形に整理しました。
— STROKE LAB代表・金子唯史による運動前野の解説動画(臨床脳科学シリーズ)
要点5項目。
臨床現場でこう出会う。
60代男性。脳梗塞発症後3週間、回復期病棟入院中。右片麻痺、Brunnstrom Stage上肢III・手指III。主訴は「右手でコップを持って自分で水が飲みたい」。
初回評価では、動作手順を口頭で説明することはできるものの、実際にコップを掴む場面では右手の力加減がうまく調節できず、指先の感覚も鈍麻していました。
先輩からのひとこと。石川さんのように「動作の流れは言葉で説明できるのに、実行になると崩れる」患者に出会ったら、筋力や感覚だけでなく運動前野(PMC:一次運動野の前方にあり運動の計画・順序付けを担う脳領域)の機能を疑ってみてください。本記事では、この石川さんのケースを軸に、解剖・評価・介入までを一続きで解説します。
運動前野とは何か。
前運動皮質(Premotor Cortex, PMC)は前頭葉に位置し、一次運動野(M1)の直前にあります。PMCは背側運動前皮質(PMd)と腹側運動前皮質(PMv)の2つに分かれ、それぞれ異なる運動機能を担います。

PMd(背側運動前皮質)は主に外部からの視覚的手がかりに基づいた運動計画に関与します。一方PMv(腹側運動前皮質)は内部の感覚情報に基づいた運動制御を担い、感覚入力と運動出力の統合において重要な役割を果たします。
位置・血流・接続性を押さえる
外的な視覚刺激・環境の手がかりをもとに、運動の計画を立てる領域です。目標物に手を伸ばす前の準備段階を担います。
内部の感覚情報・フィードバックをもとに運動を微調整する領域です。道具の使用や手指の操作に深く関わります。
PMCは主に中大脳動脈(MCA)の枝から血流供給を受け、前大脳動脈(ACA)の寄与もあります。この2系統の血流域を理解しておくと、責任病巣の推定がしやすくなります。

— PMCはMCA領域を中心にACAの一部も血流供給を受ける
— ご本人・ご家族の状況を丁寧にお伺いします
STROKE LABは脳神経系のリハビリを専門とする自費リハビリ施設です。運動前野をはじめとする脳の機能解剖に基づき、一人ひとりの状態に合わせたプログラムをご提案します。
神経メカニズムと責任病巣。
PMCは一次運動皮質(M1)、脊髄、大脳基底核、小脳と密接に接続し、運動計画と実行のモーター回路の一部を構成します。さらに大脳皮質-大脳基底核-視床-皮質ループの一部として、複雑な運動計画や実行を支えます。

— PMCはM1・脊髄・大脳基底核・小脳と回路を形成する

— PMCは皮質-基底核-視床ループを介して他領域と統合される
損傷が引き起こす病態:失行
PMC損傷は失行という神経障害を引き起こす可能性があります。失行症の患者は、意欲や身体能力があるにもかかわらず運動課題の実行が困難になります。運動計画や動作の順序付けに苦労し、特に複雑な運動や道具を用いた作業が難しくなります。

— 意欲・身体能力があっても動作の組み立てが崩れるのが失行の特徴
背側/腹側ストリームという整理
頭頂葉と前頭葉の間には2つの主要な情報伝達経路があります。背側ストリームは上頭頂小葉(SPL)とPMdを結び、外部の視覚刺激に基づく行動計画を担います。腹側ストリームは下頭頂小葉(IPL)とPMvを結び、物体の形状や道具操作に関わる運動計画を担います。

— 背側ストリームは視覚誘導性の到達運動、腹側ストリームは道具操作に関与する
頭頂-前頭ネットワーク[専門家合意]:Corbetta M ら(2011年)は、頭頂葉と前頭葉を結ぶ背側/腹側ストリームが運動の計画と制御において異なる役割を果たすと整理しています。臨床では「視覚誘導性のリーチ障害」と「道具操作の障害」を分けて評価する根拠になります。
SMA損傷後の無動[観察研究]:Radman N ら(2013, Neuropsychologia, 51(13):2605-2610)は、皮質下病変によるposterior SMA syndrome(対側無動)が視覚フィードバックにより改善しうることを報告しています。
MRI読影の6つのランドマーク
画像上でPMCを同定する際は、以下6つのランドマークを順に確認すると迷いません。

— ①前頭葉全体を先に識別する

— ②中心溝(Central Sulcus)を基準点にする。一次運動野は中心前回に沿い、PMCはその前方にある

— ③PMdは頭頂部に近く、PMvはシルビウス裂に接する

— ④前頭眼野(FEF)の位置も参考にすると精度が上がる

— ⑤SMAは内側面(帯状溝の上)にあり、PMCとは別に区別する

— ⑥PMCは外側面、一次運動野の直前にあり視認しやすい

— 側面のPMd/PMvは外的情報、内側のSMAは内的動機に基づき行動を計画する
鑑別診断。
「動作がうまくできない」という所見だけでは、原因を運動前野損傷と即断できません。以下の鑑別を必ず頭に入れておきましょう。
| 鑑別疾患 | 共通点 | 鑑別ポイント | 参考検査 |
|---|---|---|---|
| 頭頂葉性(観念性)失行 | 道具使用が困難 | 概念そのものの喪失(道具の用途理解障害)が主体。PMC損傷は動作の順序化・実行段階の障害が主体。 | 道具の用途説明課題、TULIA |
| 一次運動野(M1)損傷 | 上肢が思うように動かない | 筋力低下・痙縮が主体で運動イメージは正常。PMC損傷では筋力があっても動作を組み立てられない。 | 徒手筋力検査、Brunnstrom Stage |
| 大脳基底核疾患 | 動作開始が遅い・ぎこちない | 安静時振戦・固縮など錐体外路症状を伴う。既往歴と画像所見(基底核病変)で区別する。 | UPDRS、頭部MRI |
| 半側空間無視 | 動作の遂行にムラがある | 注意の偏りによる見かけ上の遂行障害。無視空間を除けば動作は保たれることが多い。 | BIT行動性無視検査 |
評価と観察ポイント。
PMC機能を評価する統一尺度は確立されていません。ここでは臨床観察を5領域に整理し、標準化された道具使用検査(TULIA)と併用する方法を紹介します。

STROKE LAB版・5領域観察シート
| 項目 | 採点基準(3段階) | カットオフ値 | 解釈 |
|---|---|---|---|
| ①運動イメージ | 可能/部分的/困難 | 未確立(観察ベース) | 動作手順を言語化・リハーサルできるか |
| ②動作の順序と実行 | 可能/部分的/困難 | 未確立(観察ベース) | 複数手順課題で順序の誤り・模倣困難がないか |
| ③感覚運動学習 | 可能/部分的/困難 | 未確立(観察ベース) | 日常動作・歩行・麻痺側使用頻度の経時変化 |
| ④行動の理解 | 可能/部分的/困難 | 未確立(観察ベース) | 模倣学習・意図理解・共感的反応の有無 |
| ⑤手と指の制御 | 可能/部分的/困難 | 未確立(観察ベース) | 把持力調整・触覚識別・両手動作・描画能力 |

— ①動作前の手順説明・リハーサルを観察する

— ②複数手順の作業・ジェスチャー模倣を確認する

— ③日常動作・歩行の経時的な変化を追う

— ④模倣学習・共感的反応を観察する

— ⑤把持力・触覚識別・巧緻動作を確認する
TULIA(Test of Upper Limb Apraxia)[単独RCT・妥当性検証研究]:Vanbellingen T ら(2010, Eur J Neurol, 17(1):59-66)が開発した検査で、ジェスチャー模倣・道具使用の両側面を評価します。高い評価者間信頼性が報告されていますが、MCID(臨床的最小変化量)は現時点で確立されていません。上記5領域観察シートはあくまで臨床観察の補助であり、正式な重症度判定にはTULIA等の標準化検査を併用してください。
介入のエビデンス。
評価で明らかになった5領域それぞれに対応する介入を、パラメータ(時間・回数・頻度)とあわせて整理します。
セッション冒頭に、動作を具体的にイメージさせます。「アームレストを手のひらで感じ、腕と脚で同時に押し上げる」など感覚を伴う言語化が有効です。

— 動作の感覚を具体的に言語化してもらう
複雑な動作を単純なステップに分解し、視覚・言語・触覚のキューを用いて誘導します。各ステップ習得後に組み合わせて練習します。

— 視覚・言語・触覚のキューで次のステップへ誘導する
簡単な物の拾い上げから始め、徐々に食事や着替えなどの複雑動作へ進めます。片足バランス訓練など環境変化を伴う課題も組み込みます。

— 平坦路だけでなく環境変化を伴う歩行訓練も含める
セラピストが動作を実演し、患者に模倣させます。意図を言語化させる(「今からコップの水を取ります」)ことで行動理解を強化します。

— セラピストの動作を観察・模倣させ意図を言語化する
治療用パテや識別訓練で握力・触覚を強化し、鏡を用いたミラー療法で麻痺側手の運動機能改善を図ります。

— 治療用パテ・識別訓練・ミラー療法を組み合わせる
運動イメージとPMd[専門家合意]:Rizzolatti G, Luppino G(2001, Neuron, 31(6):889-901)は、PMdが運動イメージや運動計画を実際の行動へ変換する役割を担うとしています。
感覚運動学習とPMv[専門家合意]:Wise SP ら(1997, Annu Rev Neurosci, 20:25-42)は、PMvが感覚フィードバックに基づく新規運動タスクの学習に関与すると整理しています。
手指制御[観察研究・動物実験]:Graziano MS ら(2002, Neuron, 34(5):841-851)は、precentral cortex(PMC含む)の微小刺激が複雑な把持様動作を誘発することを報告しています。
ミラー療法[SR/MA]:Thieme H ら(2018, Cochrane Database Syst Rev, 7:CD008449)のコクランSRでは、脳卒中後の運動機能改善に対しミラー療法が有効な可能性が示されています。週5回程度・数週間の継続が典型的な介入頻度です。

STROKE LABでは、運動前野をはじめとする脳の機能解剖に基づいた評価と、個別性の高いプログラムをご提供しています。退院後も専門的なリハビリを継続したい方はぜひご相談ください。
多職種連携と環境調整。
PMC損傷例は一人で抱え込まない
失行は日常生活の広範囲に影響します。PTだけでなくOT・ST・看護師・医師・MSWとの情報共有が回復を左右します。
「PT室でできていても、病棟で同じ動作が崩れることはよくあります。看護師さんに“病棟でも同じキューを使ってもらう”依頼をするだけで、般化のスピードが変わります」
「ご家族にも“できない”のではなく“組み立てにくい”状態だと伝えると、関わり方が変わることが多いです」
| 職種 | 評価項目 | 主な介入内容 | 連携ポイント |
|---|---|---|---|
| PT | 歩行・粗大運動の順序化 | 段階的タスク練習、感覚運動学習 | OTへADL場面のキュー情報を共有 |
| OT | 手指巧緻動作・道具使用 | ミラー療法、識別訓練、ADL練習 | PTと共通のキュー方法を統一 |
| ST | 言語化能力・意図理解 | 動作の言語化訓練、コミュニケーション支援 | 運動イメージの言語化状況をPT/OTと共有 |
| 看護師 | 病棟でのADL遂行状況 | リハ場面と同じキューでのADL誘導 | 病棟での般化状況をセラピストへ報告 |
| 医師 | 病巣診断・全身状態 | 画像診断、合併症管理 | 責任病巣の情報をリハビリ計画に反映 |
| MSW | 退院後の生活環境 | 退院支援、社会資源の調整 | 在宅での般化しやすい環境設定を相談 |
つまずきポイントと臨床判断のコツ。
既存記事に記載されていた「新人セラピストが陥りやすいミス」を、臨床判断のコツとしてまとめ直しました。
感情的なつながりも治療の一部
「患者さんとの共感的な反応を減らしすぎないこと。笑顔への反応もミラーニューロンの機能確認になりますし、何より治療関係の土台になります」
予後とゴール設定。
失行の回復経過は個人差が大きく、日常生活での麻痺側使用頻度・歩行変化・ADL自立度を継続的に観察することが、ゴール設定の精度を高めます。
石川さんの例では、運動イメージは保たれていたため「イメージの精緻化」より「手指制御と感覚フィードバック統合」を優先課題としました。5領域観察シートの結果をもとに、優先順位をつけたゴール設定を行うことが実践的です。
よくある質問。
運動前野は一次運動野の前方に位置する運動計画領域で、外的手がかりに基づく背側運動前野(PMd)と、感覚フィードバックに基づく腹側運動前野(PMv)に分かれます。
意欲や身体機能があるにもかかわらず、運動課題の実行が困難になる失行が代表的な症状です。動作の計画や順序付けに苦労し、複雑な運動や道具使用が難しくなります。
運動麻痺は筋力低下そのものが主体ですが、失行は筋力があっても動作の計画・順序化ができない点が特徴です。模倣課題や道具使用課題で判別します。
セッション冒頭に1回5〜10分、週5回程度を目安に4週間継続する方法が一般的です。動作の手順を具体的に言語化しながら実施します。
麻痺側上肢に一定の随意性が残存し、視覚フィードバックを活用できる患者に向いています。1回15分、週5回程度の頻度が報告されています。
身体機能面のみでなく、運動イメージの言語化・動作順序・感覚運動学習・行動理解・手指制御の5観点をバランスよく観察することが重要です。
STROKE LABのプログラム。
STROKE LABは脳神経疾患・整形外科疾患のリハビリを専門とする自費リハビリ施設です。運動前野をはじめとする脳の機能解剖の知見をもとに、お一人おひとりの状態に合わせたプログラムをご用意しています。
「入職1年目、失行のある患者さんを担当した際、動作全体を一気にやらせて崩れてしまったことがありました。先輩に『手順を分解してキューを段階的に出す』ことを教わり、翌週から着替え動作を3ステップに分けて練習したところ、2週間で見守りレベルまで改善しました。分解の粒度が細かすぎても粗すぎてもうまくいかないと学びました」— 作業療法士・経験4年・脳血管疾患担当
「歩行訓練を平坦な廊下だけで完結させていた頃は、屋外歩行で毎回つまずかれる患者さんがいました。院内に段差やスロープを意図的に組み込んだ訓練メニューに変えてから、屋外での自立度が明確に上がりました。環境の多様性が学習の般化を左右すると実感しています」— 理学療法士・経験6年・回復期病棟担当
諦めないでください。

脳卒中後の「動きにくさ」は、筋力や麻痺だけが原因とは限りません。運動前野のように、動作を計画し組み立てる機能そのものが影響を受けていることがあります。
STROKE LABでは、脳の機能解剖に基づいた評価から、一人ひとりに合ったリハビリプログラムをご提案しています。
「もう良くならない」と諦める前に、一度私たちにご相談ください。専門的な視点から、今できることを一緒に見つけていきます。
代表取締役 金子 唯史
参考文献。

1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024) パーキンソン病の機能促進:医学書院 (2025)