パーキンソン病でエスカレーターはこわい|原因と対策・自宅でできる工夫
動く床は、敵ではありません。合図が要るだけです。
エスカレーターの前で、足が出なくなる。乗った後も、降りるタイミングが分からず怖い。それは気持ちの問題ではなく、パーキンソン病特有のすくみ足・視空間認知・二重課題・不安の悪循環が重なって起こる、説明できる現象です。原因を分けて理解し、今日からできる工夫を整理します。

「足が、出なかった。」
駅のエスカレーターで、後ろに人が並んでいるのに一歩が出ない。無理に踏み出して転びそうになった経験から、それ以来ずっと遠回りしてでもエレベーターを探すようになった——。そんな声を、診療の現場でよく聞きます。
でも、知ってほしいのです。これは気持ちの弱さではなく、パーキンソン病の複数の症状が重なって起こる、説明できる現象だということを。
パーキンソン病では、エスカレーターや自動ドア、狭い通路の出入り口など、「動くもの」や「タイミングを合わせる場面」で歩きにくさが強まることがあります。原因はひとつではなく、いくつかの症状が同時に関わっています。まずはそのしくみを分けて理解し、そのうえで具体的な工夫をみていきましょう。リハビリの全体像はリハビリ完全ガイドにまとめています。
重なり合う、5つの原因。
「エスカレーターが怖い」の裏側には、歩行・視覚・注意・バランス・こころの5つの要素が関わっています。人によってどれが強く出るかは異なり、それが対処法にも違いを生みます。
| 原因 | どういうことか |
|---|---|
| すくみ足 | 一歩目のきっかけがつかめず、足が地面から離れなくなる |
| 視空間認知の変化 | ステップの奥行きや速さを目で正確につかみにくくなる |
| 二重課題の難しさ | 動くものを見ながら足を運ぶ同時処理が負担になりやすい |
| 姿勢反射障害 | 体が傾いたときの立て直しが遅れ、転びやすさへの不安につながる |
| 不安の悪循環 | 過去の怖い経験が予期不安を生み、不安自体がすくみ足を強める |
階段が平気なのにエスカレーターだけ怖い、という方が多いのはこのためです。階段は止まっていて自分のペースで踏み出せますが、エスカレーターは床のほうが動き、こちらのタイミングを待ってくれません。この「合わせる」作業が、視空間認知と二重課題の両方に負担をかけるのです。そして一度怖い思いをすると、その記憶が次の不安を呼び、すくみ足をさらに出やすくします。

STROKE LABの視点:動く床を、止まった床に変える。
対策の軸は、「床の動きを追う」のをやめて、「自分の合図で動く」に切り替えることです。動くものに合わせようとするほど、視空間認知と二重課題の負担が増えます。反対に、自分の中に一定のリズムと決まった視線の置き方を持っておけば、床の動きに振り回されにくくなります。次の3つを組み合わせます。

1. 視線は足元ではなく、少し先の固定点に置く。動くステップを目で追うと情報処理が追いつかなくなります。手すりの先端や、乗り口の黄色い線など、動かない目印を見るようにします。
2. 「いち、に」の声かけで一歩目を自分から出す。床のリズムを待つのではなく、自分の中で数を数え、そのタイミングで一歩目を踏み出します。声に出す、心の中で唱える、どちらでも構いません。
3. 先に手すりをつかんでから、足を出す。手が先に支えを得ていると、姿勢反射障害への不安が和らぎ、足の一歩目が出やすくなります。手→足の順番を、体で覚えておきます。
この3つは、いきなりエスカレーターで試すものではありません。まずは自宅の安全な場所で、この「視線・リズム・手すり」の感覚を練習してから、実際の場面に少しずつ持ち込んでいきます。合う目印やリズムの取り方は人によって違うため、作業療法士と一緒に調整すると近道です。
自宅でできる、段階練習。
いきなり本番のエスカレーターで練習するのは危険です。まずは安全な環境で「一歩目を自分の合図で出す」感覚をつかみ、段階的に慣らしていくのが基本です。

家の敷居や玄関の段差の前に立ち、「いち、に」で一歩目を出す練習を繰り返します。次に、家族に歩くスピードで手を横に動かしてもらい、それを目で追いながらではなく、決まったリズムで一歩を出す練習に進みます。慣れてきたら、まずはエレベーターや動く歩道のように速度が緩やかな場所から試し、そのあとでエスカレーターに挑戦するという順番がおすすめです。体を大きく動かす運動を普段から続けておくと、とっさの一歩も出やすくなるので、体操・自主トレ大全もあわせてご活用ください。
パーキンソン病の方を対象に、視覚・聴覚・体性感覚のキューを使った自宅での歩行トレーニングを3週間行った無作為化比較試験(RESCUE試験)では、歩行速度や歩幅などの移動能力に関わる指標が、キュー練習を行った群で有意に改善したと報告されています。
限界:この研究は歩行全般を対象としたもので、エスカレーターに特化した検証ではありません。効果には個人差があり、進行に伴って変動します。転倒リスクの高い方は、自己判断で練習を始めず専門家の指導のもとで行ってください。
エスカレーターの怖さは、歩行の症状と、それに伴う不安が絡み合って強まっていきます。そのため専門施設では、歩行動作の練習と、不安への向き合い方を切り離さずに扱うことを大切にしています。
1. 個別のキュー設計。視覚・聴覚・体性感覚のどのキューがその人に合うかを見極め、実際の生活場面(駅、商業施設など)を想定して練習します。
2. 二重課題への段階的な慣らし。視覚情報と足の動きを同時に扱う練習を、難易度を少しずつ上げながら安全に重ねていきます。
3. 成功体験の積み重ね。「できた」という経験を安全な環境で積むことで、予期不安そのものを和らげていきます。避けるのではなく、少しずつ慣れることを目指します。
薬の調整は主治医の役割です。私たちは歩行動作と生活の側から、その人に合った工夫を一緒に組み立てます。効果には個人差があり、進行に伴って変動します。
パーキンソン病患者を対象とした研究では、不安の強さがすくみ足の重症度と関連し、特に注意の切り替えが必要な場面でその関連が強くなることが報告されています。エスカレーターのように視覚情報と足の動きを同時に扱う場面は、まさにこの「注意の切り替え」が求められる状況にあたります。
限界:これは関連を示した観察研究であり、不安を軽減すればすくみ足が必ず改善するという因果関係を証明したものではありません。個人差が大きく、専門的な評価が前提です。
脳リハ.comのYouTubeでは、歩行の土台となる体操を配信しています。無理のない範囲で、日々の習慣にしてみてください。
専門リハと、受診の目安。
専門のリハビリでは、実際に困っている場所や状況を詳しく聞き取り、その人にとってどの原因が強く関わっているかを見極めたうえで、視線・リズム・練習の段階を組み立てます。同じ「エスカレーターが怖い」でも、原因の重みは人によって違うため、画一的な対処では合わないことがあります。
受診の目安は、実際に転んだ・転びそうになったことがある、めまいやふらつきを伴う、すくみ足がエスカレーター以外の場面にも広がってきた、といったときです。歩きにくさの原因はパーキンソン病の症状だけとは限りません。自己判断で練習を進めず、神経内科で原因を確かめてください。専門的な費用や施設の選び方は自費リハビリの費用・施設の選び方にまとめています。

よくある質問。
Q. エスカレーターの前で足が止まってしまうのは、パーキンソン病のせいですか?
Q. なぜエスカレーターだけが特に怖いのですか?階段は平気なのに
Q. 自宅でできる練習はありますか?
Q. エスカレーターを避け続けても大丈夫ですか?
Q. 薬でエスカレーターの怖さは改善しますか?

Q. リハビリでは何をしてくれるのですか?
歩行の相談は、STROKE LABへ。
STROKE LAB(東京・大阪)は、脳卒中とパーキンソン病を中心とする神経疾患専門の自費リハビリ施設です。エスカレーターや駅、狭い通路など、実際に困っている場面を一緒に確認し、その人に合う視覚・聴覚のキューと、段階的な練習を組み立てます。歩行の練習と、不安への向き合い方を切り離さずに扱うのが私たちの考え方です。薬の調整は主治医を尊重し、動作と生活の側から支えます。保険リハとの併用も歓迎です。

動作分析から自主トレーニングまで
運動を通じて心身の状態を整える考え方を、動作分析の視点から体系化。本文と連動するYouTube動画62本で、実際の動きも確認できます。
合図を一緒に見つけましょう。

エスカレーターの前で足が止まってしまうたびに、「自分は情けない」と感じてしまう方に、たくさん出会ってきました。でもそれは、意志の問題ではありません。
床の動きを追うのをやめて、自分の合図で一歩を出す。それだけで、乗り降りできる場面はまだまだ広がります。原因を分けて理解し、その人に合った工夫を積み重ねていく。それが私たちの役目です。
エスカレーターや駅での歩行にお困りなら、どうぞ一度ご相談ください。困っている場面そのものを題材に、その方に合う工夫を一緒に見つけます。
代表取締役 金子 唯史
本記事は、国内外の診療ガイドライン・公的情報と、STROKE LABの臨床経験および下記書籍の枠組みをもとに構成しています。歩きにくさには他の原因もあります。転倒歴のある方、気になる症状がある方は、必ず神経内科・主治医にご相談ください(最終確認日:2026年9月11日)。
- 日本神経学会:パーキンソン病診療ガイドライン2018
- 難病情報センター:パーキンソン病(指定難病6)
- Nieuwboer A, et al. Cueing training in the home improves gait-related mobility in Parkinson’s disease: the RESCUE trial. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2007;78(2):134-140.
- Ehgoetz Martens KA, et al. Anxiety is associated with freezing of gait and attentional set-shifting in Parkinson’s disease: A new perspective for early intervention. Gait Posture. 2016;49:141-145.
- 金子唯史:パーキンソン病の機能促進(動作分析から自主トレーニングまで).医学書院.2025.

1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024) パーキンソン病の機能促進:医学書院 (2025)