【質問】脳卒中後に道が分からなり混乱します。見当識障害/地誌失認のリハビリ・トレーニングは?
地誌的見当識障害への空間ナビゲーション訓練は、なぜ「目印」から始めるのか。
病棟で自室に戻れず、同じ廊下を何度も往復する患者に、あなたは必ず一度は出会います。責任病巣によって有効な戦略がまったく違うという事実を、新人のうちに押さえておきましょう。

要点5項目。
臨床現場でこう出会う。
68歳男性。両側前頭葉・脳梁膨大部後域を含む多発性ラクナ梗塞、発症後3週(回復期病棟)。運動麻痺は軽度(FIM運動項目は概ね自立)、MMSE 24/30で見当識項目のみ減点。主訴は「自室に戻れず廊下で立ち尽くす」「食堂とトイレを間違える」。
初回評価所見:目印そのものの再認は保たれているが、目印から進行方向を導き出せない。時間・人物の見当識は保たれており、地誌的な要素に限局した障害が疑われた。
田中療法士(PT3年目)は、鈴木さんの担当になった初日、病室からリハビリ室までの誘導で違和感を覚えました。麻痺は軽度なのに、何度案内しても同じ角で迷う。
この「歩けるのに迷う」という所見こそ、地誌的見当識障害(topographical disorientation:環境内での自分の位置や進む方向がわからなくなる状態)を疑う入口です。運動機能の評価だけでは見逃されやすく、新人のうちは「注意障害」や「認知症の進行」とまとめて片付けてしまいがちな症状でもあります。
本稿では、この症状をどう評価し、どう介入するかを、責任病巣別の戦略とともに整理します。
定義と、多発性脳梗塞での位置づけ。
地誌的見当識障害とは、視力や意識レベルが保たれているにもかかわらず、慣れた環境・新しい環境の両方、あるいは一方で道に迷う状態を指します。単なる物忘れではなく、空間情報を処理する脳のネットワーク障害です。
多発性脳梗塞(複数の小梗塞が大脳に散在する病態)では、単一病巣の脳卒中に比べて、この空間ナビゲーション回路の複数ノードが同時に傷つきやすく、症状が複雑化する傾向があります。臨床では「注意障害」「見当識障害全般」と一括りにされがちですが、責任病巣が異なれば訓練戦略も変わるため、丁寧な切り分けが必要です。

一般的な見当識障害は時間・場所・人物の全般的な認識を指す評価概念です。一方、地誌的見当識障害は環境内での方向感覚・道順記憶に限定した障害で、時間・人物の見当識が保たれたまま単独で出現することもあります。鈴木さんのMMSEは見当識項目のみ減点していましたが、これは「場所」の下位項目に限局した失点であり、地誌的な要素を個別に確認する必要があります。
どのくらいの頻度で遭遇するか
Claessenら(2017)は慢性期脳卒中患者77名と健常者60名を対象に、仮想現実(Virtual Tübingen test)を用いてナビゲーション能力を評価しました[観察研究]。その結果、目印(landmark)・場所(location)・経路(path)という3種類の障害パターンが確認され、単一の症状ではなく複数の下位分類があることが示されています1。回復期リハビリ病棟では、麻痺が軽度でも「迷う」という訴えが埋もれやすく、見逃されているケースは実際にはこの数字より多いと考えられます。
病室・食堂・トイレなど頻繁に往復する経路で方向を誤る。最も早期に気づかれやすい行動パターンです。
目的地の見た目は認識できても、そこへ至る方向が分からない状態。転倒・迷子事故のリスクに直結します。
目印は認識しているが方向情報に変換できず、同一区画をループする。周辺見守り体制の見直しが必要になるサインです。
— ご本人・ご家族の状況を丁寧にお伺いします
STROKE LABでは、脳画像所見と行動観察の両面から地誌的見当識障害を評価し、ご自宅の環境に合わせた具体的な訓練プログラムをご提案します。
責任病巣と、神経メカニズム。
頭頂葉(自己中心座標の処理)、脳梁膨大部後域(retrosplenial cortex:自己中心-他者中心座標の変換)、海馬・嗅内皮質(環境の認知マップの形成と長期記憶)の3領域が連携し、ナビゲーション回路を構成します。多発性脳梗塞では、これら複数領域が同時または段階的に障害されやすい点が単発病変との違いです。
Aguirre & D’Esposito(1999)の4分類
臨床応用性の高い分類として、Aguirre と D’Esposito が症例文献を体系化したタキソノミーがあります[専門家合意]。責任病巣ごとに以下の4病型に整理されます2。
①自己中心的失見当(egocentric disorientation):後頭頂葉病変。目印は認識できるが、自分から見た左右・前後関係として位置づけられない。
②方向定位障害(heading disorientation):脳梁膨大部後域病変。目印は認識できるが、そこから進行方向を導けない。鈴木さんのケースに近い所見です。
③目印失認(landmark agnosia):舌状回病変。建物・風景そのものを目印として認識・想起できない。
④前向性地誌的健忘(anterograde disorientation):海馬・嗅内皮質病変。新しい環境の学習ができない一方、発症前から知っている環境は保たれる。

Kawakami, et al. Brain and Cognition. 2024;181:106211 [観察研究]:脳梁膨大部後域の梗塞による方向定位障害2例を報告。地誌的見当識障害の多くは右半球病変で発症後数か月以内に軽快するのに対し、この2例は長期間持続したと報告されている3。責任病巣によって予後が大きく異なることを示す重要な知見です。
鑑別診断。
「道に迷う」という主訴の背景には、地誌的見当識障害以外の病態が隠れていることも珍しくありません。以下の4疾患・病態との鑑別を必ず押さえておきましょう。
| 鑑別疾患 | 共通点 | 鑑別ポイント | 参考検査 |
|---|---|---|---|
| 半側空間無視 | 環境内で場所を見失う | 左右差の有無。無視は片側空間の見落としが主体で、地誌的見当識障害は左右差なく方向を誤る。 | BIT行動性無視検査 |
| 認知症による地誌的障害 | 同様の道迷い症状 | 発症様式。脳卒中は急性発症・局在病変、認知症は緩徐進行・全般的な認知低下を伴う。 | 頭部MRI、MMSE経時変化 |
| 街並失認 | 見慣れた風景が分からない | 対象の限局性。建物・風景の視覚的識別のみが障害され、顔や物体の認知は保たれる(目印失認と重なる病態)。 | 相貌認知検査との比較 |
| せん妄 | 場所が分からないと訴える | 意識レベルと日内変動。せん妄は急性発症・注意障害・症状の変動を伴う。 | CAM、JCS |
評価尺度と、採点基準。
地誌的見当識障害には日本国内で統一されたスクリーニング基準がまだ確立していません。実務では、机上検査(方向感覚)と実際の環境での道順学習課題を組み合わせて評価します。

| 項目 | 採点基準 | カットオフ値 | 解釈 |
|---|---|---|---|
| 回転なしの曲がり角 | 正答/誤答を各項目で記録 | 健常群との比較が基本 | 正答率が高く保たれる区分 |
| 約90°回転の曲がり角 | 正答/誤答を各項目で記録 | 健常群との比較が基本 | 誤答が増える最初の境界域 |
| 90〜180°の複雑な回転 | 正答/誤答を各項目で記録 | 健常群との比較が基本 | 頭頂葉病変で最も低下しやすい区分 |
Vingerhoets, et al. [観察研究]:健常成人63名・脳損傷患者50名を対象とした分析で、頭頂葉優位病変群は前頭葉優位病変群より有意に誤答が多く、特に回転を要する項目での差が顕著だったと報告されている4。原版はMoney, Alexander, Walker(1965)によるマニュアルに基づく5。
MCID(臨床的最小変化量):本邦の脳卒中患者を対象とした標準化カットオフ・MCIDは確立されていません[専門家合意]。臨床では単発のカットオフ値に依存せず、自施設の健常対照群との比較、または実環境での道順学習課題における到達試行数の経時変化を主要な指標として用いることを推奨します。
介入のエビデンスと、ステップ。
地誌的見当識障害への介入は大規模RCTが乏しく、症例報告・少数例研究が中心です。現時点で報告されている手順を、パラメータとともに4ステップで整理します。

病室・食堂など重要地点に色付きリボンなど明確な目印を設置し、言語的に名前をつけて説明する。目印が多すぎると認知負荷が上がり定着しにくくなるため、初期は最小限に絞ります。

同じ経路を繰り返し歩き、目印に差し掛かるたびに立ち止まって確認する。Bouwmeesterら(2015)の症例報告では、この方法で頻用ルートに顕著な訓練効果が確認されている[観察研究]6。
基本ルートの定着後、新しい分岐や目印の変更を段階的に加える。Bocciaら(2019)のイメージを用いた訓練(imagery-based training)の症例では、8週間の介入で地誌的スキルと記憶の改善が確認された[観察研究]7。
自宅の各部屋に目印を設置し、家族と一緒に同じ手順で反復する。病棟訓練の効果がそのまま自宅で使えるとは限らないため、環境固有の再学習が必要です。
地誌的見当識障害への介入研究は単一〜少数例の症例報告が中心で、多施設RCTは確認されていません[観察研究]。上記のパラメータ(回数・頻度・期間)は個々の症例報告値の目安であり、責任病巣・重症度に応じて療法士が個別に調整する必要があります。

STROKE LABでは、責任病巣ごとに異なる空間ナビゲーション訓練を、脳画像所見に基づいて個別に設計しています。退院後の生活環境まで見据えたプログラムをご提供します。
多職種連携と、環境調整。

なぜ職種間で「同じ目印表現」が必要か
PTが「赤いリボン」と説明し、看護師が「あの案内板」と説明すると、患者は2種類の異なる記憶を作ろうとして混乱します。目印の呼び方・順路の説明は職種間で統一しましょう。
「カンファレンスで目印の呼び方を統一するだけで、病棟内の迷子発生が目に見えて減ることがあります。」
「MSWと環境調整の相談をする際は、リハ室で使った目印をそのまま自宅の間取りに応用できるか、必ず確認しましょう。」
| 職種 | 評価項目 | 主な介入内容 | 連携ポイント |
|---|---|---|---|
| PT | 歩行能力・バランス | 病棟内歩行訓練に経路学習を統合 | OTの認知負荷評価に応じ歩行距離を調整 |
| OT | 道順学習課題・IADL場面の迷い | 目印を用いた反復訓練・生活場面への般化 | STと目印の言語ラベリングを統一 |
| ST | 言語性記銘力・呼称 | 目印の言語ラベリング支援・声かけ設計 | 家族指導資料をOT・看護師と共有 |
| 看護師 | 病棟内での迷子頻度・時間帯 | 日常生活場面での声かけ・見守り統一 | リハ職と同一の目印表現を使用 |
| 医師 | 画像所見(責任病巣)・全身状態 | 全身管理・合併症対応 | 病巣に応じたリハ方針をチームで共有 |
| MSW | 退院後の生活環境・介護力 | 住環境調整の提案・社会資源紹介 | 自宅目印設置の実現可能性をリハ職と協議 |
新人が陥りやすい、つまずきポイント。
経験年数の浅いうちは、地誌的見当識障害への介入で以下のパターンに陥りがちです。田中療法士自身も最初のケースで経験したつまずきです。
失敗しても、それは訓練の一部
誘導の際に、間違いを先回りして正すのではなく、患者自身に選ばせ、誤った経路を歩ませてから修正するほうが定着しやすいという報告もあります6。過度な介助は、かえって学習機会を奪うことがあります。
「迷いそうな瞬間に手を出したくなりますが、少し待つ。誤りに気づいて自分で修正する経験こそが記憶の定着を助けます。」
「毎回同じ目印・同じ言葉で説明する。担当者が変わるたびに表現がぶれると、患者は一から覚え直すことになります。」
予後と、ゴール設定。
地誌的見当識障害の予後は責任病巣によって大きく異なります。多くの右半球病変例は発症後数か月で軽快しますが、脳梁膨大部後域病変では長期間持続する例も報告されています3。ゴール設定はこの見通しの幅を踏まえ、短期(病棟内自立)と中長期(在宅生活への般化)を分けて設定しましょう。
Kawakamiら(2024)が報告した2症例では、症状が完全には消失しなくても、スマートフォンのナビゲーションアプリや自動車のカーナビを活用することで、未知の環境でもある程度の移動が可能になったと記録されています[観察研究]3。「完治」だけをゴールに据えず、代償手段の獲得も重要な達成目標として位置づけましょう。
短期ゴールは「病棟内の頻用3ルートを独歩で往復できる」など具体的な行動目標に設定します。中長期ゴールは「自宅内の生活動線を家族の見守りなしで移動できる」「スマートフォンのナビアプリを使って近隣の通院ができる」など、代償手段の活用も含めて設定しましょう。
よくある質問。
見慣れた環境や新しい環境で、自分の位置や進む方向が分からなくなる症状です。視力・意識レベルは保たれているにもかかわらず、道に迷う、自室に戻れない、同じ場所を巡回してしまうなどの行動が特徴です。
一般的な見当識障害は時間・場所・人物の認識全般を指しますが、地誌的見当識障害は環境内での方向感覚・道順記憶に限定して障害される点が異なります。他の認知機能が保たれたまま単独で出現することもあります。
右半球病変による地誌的見当識障害は発症後数か月で軽快することが多いと報告されていますが、脳梁膨大部後域の病変では長期間持続する例も報告されています。個人差が大きいため経時的な再評価が欠かせません。
少数の目印を用いた反復的な経路学習から開始し、段階的にルートの複雑さを上げていく方法が症例研究で報告されています。イメージを用いた訓練(imagery-based training)も有効性が示されています。
病棟や自宅で使う目印の表現を統一し、患者と一緒に同じルートを繰り返し歩くことが有効です。訓練場面に同席し、療法士と同じ声かけを日常生活でも行うことが般化を助けます。
スマートフォンのナビゲーションアプリや自宅内の目印(色付きシールなど)を活用し、生活動線を単純化する工夫が報告されています。福祉用具や住環境調整については多職種で検討することが推奨されます。
STROKE LABのプログラム。
STROKE LABは脳卒中専門の自費リハビリ施設です。「歩けるのに迷う」という、見過ごされがちな症状に対しても、脳画像所見に基づいた個別プログラムで向き合います。ご本人だけでなく、ご家族の生活の不安にも寄り添います。

— 脳神経疾患・整形外科疾患の専門スタッフが、お一人おひとりの状況に合わせてサポートします
「回復期病棟で、麻痺が軽度なのに病室に戻れない利用者を担当しました。当初は注意障害と判断していましたが、目印の再認は保たれ方向定位のみ誤ることに気づき、地誌的見当識障害を疑って評価をやり直しました。目印を2つに絞った反復訓練に切り替えたところ、2週間で頻用ルートを独歩できるようになりました。評価の切り分けの大切さを実感した症例です。」— 作業療法士・臨床経験8年・脳血管疾患担当
「在宅復帰前のご家族指導で、病棟の目印と同じ配色シールを自宅の廊下に貼っていただいたことがあります。最初はご家族も半信半疑でしたが、実際に外泊時に迷わず移動できたことで、退院への不安がかなり和らいだとおっしゃっていました。多職種で環境調整の情報を共有できたからこその成果だと感じています。」— 理学療法士・臨床経験6年・回復期病棟勤務
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諦めないでください。

脳卒中後、麻痺は軽いのに「道に迷う」というご相談を、私たちは数多くお受けしてきました。ご本人にとっても、ご家族にとっても、原因の分からない不安は大きなものです。
脳のどの部分が、どのように働きにくくなっているのか。原因を知ることは、次の一歩を踏み出す力になります。
私たちSTROKE LABは、脳科学の知見と現場での経験をもとに、お一人おひとりに合った道筋をご提案します。まずはお気軽にご相談ください。
代表取締役 金子 唯史
参考文献。

1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024) パーキンソン病の機能促進:医学書院 (2025)