【2026年版】パペッツ回路とは?記憶と感情を司る仕組み・症状・リハビリを専門家が徹底解説
パペッツ回路は、なぜ記憶と感情を結びつけるのか。
海馬・脳弓・乳頭体・視床前核・帯状回をめぐるこの閉鎖回路は、記憶と感情処理を同時に支える神経基盤です。脳卒中後の記憶障害・感情障害の多くはこの回路の破綻として説明できます。責任病巣から評価・介入まで、臨床の視点で整理します。
— パペッツ回路の全体像と臨床的意義
要点5項目。
その記憶と感情の変化は、麻痺の陰に隠れていませんか。
71歳男性。左後大脳動脈(PCA)梗塞を発症し、急性期治療を経て発症後2週間で回復期リハビリ病棟へ転棟(回復期)。NIHSSは入院時5点→転棟時2点(視野欠損1点・感覚1点)と軽度。主訴は本人からは「特にない」と表現された。
初回評価で前向性健忘(前日の面会者を思い出せない)、病棟内移動での迷い、夕刻の不安増強、通話中の突発的な涙(情動失禁疑い)が確認された。NIHSSが低値でも生活障害は大きい典型例である。
新人セラピストがまず注目しやすいのは運動麻痺や歩行です。しかし田中さんのように、NIHSSが軽度でも記憶・感情面の問題が生活の自立を妨げているケースは少なくありません。この背景にあるのが、海馬から帯状回をめぐるパペッツ回路(Papez Circuit)という神経回路です。

本記事では、パペッツ回路の解剖・機序から評価・多職種連携・つまずきポイントまでを、先輩から後輩への引き継ぎのつもりで整理します。
パペッツ回路とは何か、なぜ今も臨床で重要なのか。
1937年、神経解剖学者James Papezは論文「A Proposed Mechanism of Emotion」で、感情の神経学的基盤を初めて解剖学的に体系化しました[専門家合意]。海馬→脳弓→乳頭体→乳頭視床路(MTT:乳頭体から視床前核への投射路)→視床前核→帯状回→海馬傍回→海馬というループ状の神経経路で構成され、後にMacLean(1952)がこれを拡張し「大脳辺縁系(limbic system)」という概念を作りました。
記憶と感情の処理が同一の解剖学的回路を共有していること、コルサコフ症候群・アルツハイマー型認知症・PTSDなど複数疾患の病態理解につながること、脳卒中後の認知・感情障害の予測と介入設計に直結することの3点が理由です[専門家合意]。
回路理解が臨床判断を変える3つの場面
「なぜ感情を伴う記憶は残りやすいのか」という臨床的疑問に、解剖学的な説明を与えます。
コルサコフ症候群(乳頭体)・AD(海馬)・PTSD(帯状回)など、障害部位から症状を予測できます。
後大脳動脈梗塞・視床梗塞で選択的に障害されるため、急性期からの評価が回復期の計画を左右します。
— ご本人・ご家族の状況を丁寧にお伺いします
STROKE LABでは脳卒中専門のセラピストが、記憶障害・感情障害を含めた神経科学的評価に基づくリハビリをご提案します。ご本人・ご家族どちらのご相談も歓迎です。
回路はどこを通り、どこで壊れるのか。
海馬(海馬下部)→脳弓→乳頭体→乳頭視床路(MTT)→視床前核→帯状回→帯状束→海馬傍回→海馬、という順で情報が繰り返し循環し、記憶と感情の統合が行われます。
主要5部位と障害時の症状
エピソード記憶の形成・空間ナビゲーションを担う。障害で前向性健忘・道迷いが出現。AD早期の萎縮部位であり、PCA梗塞で選択的障害が起こりうる。

海馬から乳頭体への白質線維束。両側性損傷で重度の前向性健忘が生じる。第三脳室腫瘍・術後合併症で問題になりやすい。
視床下部後方の一対構造。コルサコフ症候群(ビタミンB1欠乏)で萎縮し、重度前向性健忘・作話・見当識障害を来す。アルコール歴の確認が鑑別に重要。
乳頭体と帯状回をつなぐ視床-皮質中継核。傍正中型視床梗塞で両側障害されると急性の意識障害+重篤な前向性健忘が生じうる。
感情経験と認知の統合を担う。前帯状回は疼痛の情動成分・意思決定に、後帯状回・脾後部皮質は空間記憶に関わる。PTSDでは前帯状回の過活動が報告される。
Liu et al. 2022[観察研究]:Frontiers in Aging Neuroscience誌(PMID: 36222964)。亜急性期脳卒中患者を対象に構造・機能MRIでパペッツ回路を評価。海馬・扁桃体・視床・尾側前帯状回の灰白質萎縮、海馬-帯状回間の機能的接続性の変化を認め、認知機能スコアと有意な相関を示した。乳頭視床路(MTT)のDTI所見も認知機能と関連していた。
— パペッツ回路の解剖学的概略
記憶・感情の症状を、何と見分けるか。
パペッツ回路の障害像は複数の疾患と重なります。共通点だけでなく、鑑別のための固有ポイントと参考検査を押さえておくことが臨床判断の質を左右します。
| 鑑別疾患 | 共通点 | 鑑別ポイント | 参考検査 |
|---|---|---|---|
| コルサコフ症候群 | 重度の前向性健忘 | 作話・アルコール多飲歴・急性発症 | MRI(乳頭体萎縮)・血中チアミン |
| アルツハイマー型認知症 | エピソード記憶障害 | 緩徐進行性・脳卒中の既往なし | MMSE・MoCA・MRI容積測定 |
| 血管性認知障害(脳卒中後) | 記憶・感情・遂行機能障害 | 脳卒中発症との時間的関連が明確 | NIHSS・MMSE・CDR・MRI-DTI |
| 側頭葉てんかん | 発作間欠期記憶障害 | 発作時デジャヴ・恐怖感のエピソード | 脳波(EEG)・WAIS・WMS |
| PTSD | 感情記憶の過活性 | 明確な外傷体験・フラッシュバック | PCL-5・CAPS-5 |
— 記憶・感情を担う大脳辺縁系の神経回路
記憶と感情、それぞれをどう測るか。
パペッツ回路の障害は記憶系と感情系の両方に及ぶため、少なくとも2系統の尺度を組み合わせて評価します。
CNS-LS(Center for Neurologic Study-Lability Scale)採点基準
| 項目 | 採点基準 | カットオフ値 | 解釈 |
|---|---|---|---|
| 笑いの制御に関する4項目 | 各項目1(全くない)〜5(非常に頻繁)の5段階 | 合計7〜35点 ≥13点でPBA陽性 |
高得点ほど笑い・泣きの制御困難が強く、状況にそぐわない情動表出が疑われる |
| 泣きの制御に関する3項目 | 同上5段階 |
※実際の質問文言は正式な尺度用紙をご使用ください。上表は採点構造の要約です。
信頼性[単独RCT/開発研究]:Moore SR et al. 1997, ALS患者を対象に開発。内的整合性は良好と報告されている。
妥当性・カットオフ[観察研究]:Smith RA et al. 2004, Neurology誌。MS・脳卒中患者を含む集団でPBA判定のカットオフ13点を用いると高い感度・特異度が得られたと報告。MCID(臨床的最小変化量)は確立された値がなく、経時的なスコア推移とともに臨床観察を併用することが望ましい。
何を、どれくらいの強度で行うのか。
記憶・感情・空間認知の各領域に対応する代表的介入とパラメータを整理します。
スペースド・リトリーバル法・エラーレスラーニングを1回15〜20分、週5回程度。名前・日課の再確認を段階的間隔で反復する。
Erickson et al. 2011, PNAS。ウォーキング40分/回・週3回・1年間の継続で海馬容積が約2%増加(対照群は萎縮)。全身状態を考慮し中強度で開始する。
1回45〜60分・週1回・8〜12週を目安に、心理士と連携して実施。感情変動パターンの認識と対処法の習得を目的とする。
1日2回、病室内→病棟内→院内全体と段階的に距離を拡大。目印を活用した環境の構造化と併用する。
— 多職種連携によるパペッツ回路障害へのアプローチ

STROKE LABでは、記憶・感情面の障害も含めた神経科学的評価に基づき、一人ひとりに合わせたリハビリプログラムを設計しています。まずは無料相談で現状をお聞かせください。
誰が、何を見て、どう連携するか。
評価から介入設計までの5ステップ
①NIHSS+MMSE・MoCA+GDS-15・CNS-LS+RBMT+MRI-DTIによる評価 → ②記憶・感情・空間・社会性のどの領域が主に障害されているか特定 → ③各職種の介入 → ④家族教育 → ⑤2〜4週ごとの再評価、という流れで進めます。
「記憶障害と情動失禁は本人が気づきにくいので、家族からの情報聴取と多職種でのカンファレンスが欠かせません。」
「NIHSSだけで『問題なし』と判断せず、必ず神経心理学的評価とセットで報告するようにしています。」
| 職種 | 評価項目 | 主な介入内容 | 他職種との連携ポイント |
|---|---|---|---|
| PT | 歩行時の空間認識・NIHSS | 院内歩行での見当識訓練 | OTへ迷子行動の頻度を共有 |
| OT | ADLでの記憶依存度 | メモリーノート・環境調整 | STへ言語面の代償ツール適合を相談 |
| ST | RBMT・認知機能・嚥下 | スペースド・リトリーバル訓練 | 心理士へ感情面の評価結果を共有 |
| 看護師 | 日常観察(記憶・気分・睡眠) | 夕刻の構造化活動・安全確保 | 医師へGDS-15・CNS-LSの結果を報告 |
| 医師 | NIHSS・画像所見・薬物適応 | SSRI等の薬物療法検討 | 全職種からの日常観察を集約し治療方針決定 |
| MSW | 生活背景・介護力・退院先 | 家族への制度案内・退院調整 | OTへ在宅環境の情報を提供 |
新人が陥りやすい判断ミスと、その避け方。
パペッツ回路の障害は運動麻痺のように目に見えないため、見逃しや誤解が起こりやすい領域です。
見逃しを防ぐための日々の観察質問
「今日の朝食は何でしたか?」「昨日面会に来たのはどなたでしたか?」という自然な会話の中で記憶を確認します。
「今日の気分を教えてもらえますか?」という簡単な気分チェックを日課に取り入れます。
回復の見通しを、どうゴールに落とし込むか。
回復速度は障害部位・範囲・年齢・介入開始時期によって大きく異なります。両側性の海馬・乳頭体障害では健忘が残存しやすく、片側性病変では対側半球の代償が期待できます。
Cicerone et al. 2011のシステマティックレビュー[SR/MA]では、早期(急性期〜亜急性期)からの認知リハビリテーション開始が長期転帰に寄与することが示されています。3〜12か月も回復は継続しますが速度は緩やかになるため、代償戦略の定着を目標に据えることが現実的です。
よくある質問。
パペッツ回路は感情の意識的な経験と記憶への統合を担い、帯状回と海馬が中心です。扁桃体は危険への即時的・無意識的な反応を担い、より速い経路で働きます。MacLean(1952)の大脳辺縁系概念により、両者は密接に連携するものとして理解されています。
発症後3か月以内が神経可塑性のクリティカルウィンドウとされ、この時期の集中的介入が長期転帰に寄与します。3〜12か月も回復は継続しますが速度は緩やかになり、代償戦略の習得が生活の質改善の中心になります。両側性の海馬・乳頭体障害では健忘が残存しやすい傾向があります。
記憶障害は意図的なものではないこと、繰り返しの質問には辛抱強く応じること、カレンダーや写真で記憶の手がかりを作ること、やってあげすぎず自立を支援することを伝えます。感情の変動には動揺せず、否定せずに共感的に接する姿勢も重要です。
有酸素運動は海馬の神経新生を促すことがランダム化比較試験で示されています。認知訓練やマインドフルネスも関連皮質の灰白質密度に関与するとの報告があります。ただし神経可塑性の活用であり、回路そのものを直接鍛える技術ではありません。
否定できません。NIHSSは運動・感覚・言語などを中心に評価するため、記憶・感情・空間認知の障害を捉えにくい構造になっています。NIHSSが低値でも生活機能に大きな支障が出る症例があり、別途の神経心理学的評価が必要です。
同じではありません。パペッツ回路はPapezが1937年に提唱した記憶・感情の神経回路で、MacLeanが1952年にこれを拡張し扁桃体などを含む大脳辺縁系という概念を作りました。近年は大脳辺縁系を単一の解剖学的システムとして扱うことへの批判もあり、慎重な理解が求められます。
STROKE LABのプログラム。
STROKE LABは脳卒中専門の自費リハビリ施設として、運動機能だけでなく記憶・感情・高次脳機能を含めた神経科学的評価に基づくプログラムを提供しています。ご本人・ご家族のお悩みに寄り添いながら、多職種で個別プログラムを設計します。
— STROKE LABでのリハビリテーションの様子
「PCA梗塞後で運動麻痺がほぼ軽快した利用者様が、通所のたびに『初めて来た』という反応をされたことがありました。NIHSSだけでは説明がつかず、RBMTを施行したところ重度の前向性健忘が判明。メモリーノートと写真アルバムを併用した結果、3か月後には来所ルーティンを想起できるようになり、ご本人の不安も軽減しました。」— OT・臨床経験8年目・高次脳機能障害領域
「訓練中に突然涙を流される利用者様がいて、最初はうつ症状を疑いました。しかしご本人は『悲しいわけではない』と話され、CNS-LSを実施したところ高得点。情動失禁の可能性を主治医へ報告し、心理教育を行ったところ、ご本人・ご家族とも安心して訓練を継続できるようになりました。」— ST・臨床経験10年目・脳卒中領域
諦めないでください。

脳卒中後のリハビリというと、まず歩行や手の動きに注目が集まります。しかし記憶が保てない、感情がコントロールできないという変化も、ご本人・ご家族にとって同じくらい大きな不安です。
パペッツ回路という神経科学の視点で症状を理解することで、対応の糸口が見えてきます。
STROKE LABは、記憶・感情面の変化も含めて向き合うリハビリを提供しています。まずはお話をお聞かせください。
代表取締役 金子 唯史
参考文献。

1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024) パーキンソン病の機能促進:医学書院 (2025)