【2026年版】上肢の予測的姿勢制御と感覚障害について:脳卒中リハビリにおける評価から効率的アプローチまで
予測的姿勢制御は、なぜ感覚障害で崩れるのか。
上肢を動かす前の姿勢準備は、感覚入力が乏しいと崩れます。脳卒中の上肢リハに関わる新人セラピストへ、予測的姿勢制御と感覚障害の関係を神経機序から評価・介入・つまずきまで整理します。
要点5項目。
臨床現場でこう出会う。
58歳男性、右被殻出血、発症3ヶ月(回復期)。Brunnstrom stage上肢V・手指V、FMA-UE 52/66と運動麻痺は軽度。Nottingham Sensory Assessmentで軽度の体性感覚障害(深部感覚)を認める。主訴は「コップを持つと力が入りすぎて疲れる」。
初回評価所見:前方リーチ時に体幹の代償的前傾がみられ、Functional Reach Testは22cm。物品把持時には目視で明らかに過剰な把持力を使い、把持後の指の震えを伴っていた。
この症例、新人のうちは戸惑いやすいところです。運動麻痺のグレードだけを見れば「もう自立できるはず」と判断してしまいがちですが、実際にはコップ1つ持つのに苦労しています。
鍵になるのは、動作を実行する前の「姿勢の準備」と「感覚からのフィードバック」です。この記事では、この2つがどう関わり合っているのかを、神経メカニズムから評価・介入・つまずきまで順に整理していきます。
予測的姿勢制御とは何か。
予測的姿勢制御(Anticipatory Postural Adjustment: APA、動作開始前に先行して働く姿勢調整のための筋活動)は、動作を実行する前に脳が体幹や下肢の安定性をあらかじめ準備しておく仕組みです。
たとえば右手を伸ばして物を取るとき、健常者では手が動き出す直前に、左側の体幹筋・下肢筋がわずかに先行して収縮します。この先行収縮がないと、上肢が動いた反動で姿勢が崩れてしまいます。

姿勢制御には、動作前に先行するAPAと、動作中・動作後に感覚情報を基に修正するフィードバック型の2種類があります。APAは反応時間の遅れを持たないため、脳卒中でこの機能が障害されると、動作のたびに後手のフィードバック修正に頼らざるを得なくなります(Massion, 1992)[専門家合意]。
脳卒中患者における体性感覚障害の疫学
体性感覚障害(触覚・深部感覚・立体覚などの障害)は、脳卒中後に非常に高頻度でみられます。Connell et al.(2008, Clin Rehabil)[観察研究]の前向き観察研究(初発脳卒中70例)では、触覚障害7-53%、立体覚障害31-89%、深部感覚障害34-64%と報告されています。
American Heart Association系のレビューでも、脳卒中生存者の約50-80%に何らかの体性感覚障害がみられるとされ[観察研究]、決して稀な合併症ではないことがわかります。
麻痺側に体重をかけるべき場面で健側に依存しやすくなり、バランスを崩しやすくなります。
感覚フィードバックが不足し、目標へ手を伸ばす際に過剰な筋緊張や代償動作が出現します。
体幹が適切に固定されないと上肢の動きが制限され、細かい操作が難しくなります。
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神経メカニズムと責任回路。

①一次運動野・補足運動野の損傷:APAは補足運動野からの指令が大脳基底核を経由して筋活動を準備するプロセスです。損傷があると、運動開始前に必要な体幹・下肢の安定性を確保できません。
②小脳の機能不全:小脳は予測的姿勢制御のタイミング調整に重要です。小脳と脳幹を結ぶ経路が障害されると、運動と姿勢の同時制御が難しくなります。
③感覚入力の統合障害:視覚・体性感覚・前庭感覚が統合されず、誤った姿勢戦略を選択してしまうことがあります。
感覚遮断が予測的な力調整に与える影響
感覚入力とAPAの関係を最も明確に示したのが、慢性的に感覚求心路が完全に遮断された患者(G.L.)を対象とした研究です。物品を垂直・水平方向に移動させたときの、負荷変動に対する把持力調整の効率性と精度が健常者3名と比較されました。

Nowak DA, et al. Brain. 2004;127(1):182-192.[観察研究(単一症例研究)]:慢性完全脱求心性患者1例と健常者3例を比較。両群とも移動時の加速度・負荷の大きさは同様だったが、患者群は物品の保持・移送中に非効率的に過度な把持力を使用した。健常者では把持力の変化が負荷変動に精密に同期していたが、患者ではこの同期がみられなかった。
Hermsdörfer J, et al. Neurorehabil Neural Repair. 2008;22(4):374-384.[観察研究]:慢性脱求心性患者2例を追加検証。負荷の大きさに応じた把持力のスケーリング自体は保たれる一方、把持力のピークが負荷ピークより約100ms遅れることを確認し、フィードバック依存型の制御へ移行していたことを示した。
この結果は「予測的な力調整には、断続的であっても感覚フィードバックによる内部モデルの更新が不可欠」であることを示しています。脳卒中患者の感覚障害が完全脱求心とは程度が異なるとしても、同じ方向性の代償(過剰な力み・動作の非効率化)が臨床で観察される理由を説明してくれます。
鑑別すべき類似症状。
「動作前の姿勢が不安定」「リーチ動作がぎこちない」という所見は、APA障害以外の病態でも生じます。以下の鑑別ポイントを押さえておくと、介入方針を誤りにくくなります[専門家合意]。

| 鑑別疾患 | 共通点 | 鑑別ポイント | 参考検査 |
|---|---|---|---|
| プッシャー症候群 | 立位・座位の姿勢異常、不安定さ | 身体の垂直知覚が非麻痺側へ逆説的に傾く点が特徴。APA障害は垂直知覚の異常を伴わない | Scale for Contraversive Pushing(SCP) |
| 小脳性運動失調 | 協調運動障害、過剰な代償動作 | 企図振戦・測定障害を伴い、体性感覚検査は正常なことが多い | 指鼻指試験、踵膝試験 |
| 視床病変による純粋感覚性障害 | 感覚障害、巧緻運動の拙劣さ | 運動麻痺をほぼ伴わない純粋感覚障害であることが多い | 頭部MRI(視床病変の確認) |
| 半側空間無視 | 上肢の不使用、動作の乏しさ | 視空間性の見落としが主因か、感覚入力自体の問題かを区別する | BIT行動性無視検査、線分二等分試験 |
評価尺度と採点基準。
APAと感覚障害を評価する際は、感覚機能評価と姿勢制御評価をセットで実施します。片方だけでは、なぜ動作が非効率なのかを説明できません[専門家合意]。

Trunk Impairment Scale(TIS)の採点基準
体幹の選択的制御を定量化できるTISは、APAの基盤となる体幹安定性を捉える上で有用です[単独RCT水準の開発研究]。
| 項目 | 採点基準 | カットオフ値 | 解釈 |
|---|---|---|---|
| 静的座位バランス(7項目) | 各項目0-2点、計0-7点 | 下位項目のため単独カットオフなし | 支持なし座位保持の基礎的安定性 |
| 動的座位バランス(10項目) | 各項目0-3点、計0-10点 | 下位項目のため単独カットオフなし | 骨盤・体幹の選択的な運動制御 |
| 協調性(6項目) | 各項目0-3点、計0-6点 | 下位項目のため単独カットオフなし | 体幹の左右対称的な運動速度・制御 |
| 合計得点 | 0-23点 | MCID目安 約2.0点(慢性期報告) | APAの基盤となる体幹制御能力の総合指標 |
TIS[単独RCT水準の開発研究]:Verheyden G, et al. Clin Rehabil. 2004;18(3):326-334. 検者間信頼性・検者内信頼性ともに良好(ICC 0.85以上)と報告され、脳卒中患者の体幹機能を反映する妥当性も確認されています。
FRT[観察研究]:Duncan PW, et al. J Gerontol. 1990;45(6):M192-M197. 前方リーチ距離を測定する簡便な指標で、健常高齢者の平均値との比較から15cm未満で転倒高リスクとする目安が広く用いられています。
BBS[観察研究]:Berg K, et al. Physiother Can. 1989;41(6):304-311. 14項目・各0-4点、計56点満点。転倒予測のカットオフとして45点未満が目安として使われます。
介入のエビデンスとパラメータ。
感覚障害を補償しつつAPAを強化するには、①感覚入力の増強、②体幹安定性の強化、③予測的姿勢制御そのものの練習、④反復による自動化という4段階で介入を組み立てます[専門家合意]。パラメータは目安として、個別の耐久性・疲労度に応じて調整してください。

足底や手掌への触覚刺激、テクスチャ付きマットでの感度促通、鏡療法による視覚的フィードバックを組み合わせます。
バランスボールでのダイナミックな運動や、上肢運動と組み合わせた体幹筋トレーニングで体幹の安定性を高めます。
突然の外乱(声掛け・軽い接触)への反応練習や、前方荷重をかけながらの重心移動を伴う上肢運動を反復します。
姿勢制御課題中に数字の逆唱などの認知課題を同時実施し、意識的な制御から自動化された制御への移行を促します。
Hatem SM, et al. Front Hum Neurosci. 2016;10:442.[SR/MA]:上肢中心のシステマティックレビュー。発症後6か月以降でもFMA・ARATが有意に改善する報告があり、自然回復曲線の頭打ちを押し上げる技術が多岐に存在することを示した。
運動学習の頻度に関する臨床的知見[専門家合意]:週2回以上の頻度で3ヶ月継続することが運動学習を効率的に進める目安とされており、週1回でも継続すれば効果が期待でき、改善に応じて頻度を調整していく方針が現実的です。

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多職種連携と環境調整。
感覚障害を持つ患者の生活環境調整
感覚障害は病棟・自宅生活での転倒リスクに直結します。PT/OT単独で完結させず、看護師・医師・MSWと情報を共有しながら環境を整えます。
「感覚が乏しい患者さんは、本人が気づかないうちに転倒リスクを抱えています。夜間の物音や声掛けだけでも先輩から後輩へ申し送りしておくと安全性が変わります。」
「感覚代償のための視覚活用は有効ですが、看護師さんが日常生活で視覚に頼りすぎるよう声掛けしていないか、定期的にすり合わせておくと良いですよ。」
| 職種 | 評価項目 | 主な介入内容 | 連携ポイント |
|---|---|---|---|
| PT | TIS・FRT・BBS・下肢感覚 | 体幹安定化・立位動的バランス練習 | 歩行・移乗時の転倒リスクをOT・看護師と共有 |
| OT | 上肢感覚・把持力・ADL場面での代償動作 | 感覚再教育、鏡療法、ADL動作訓練 | 食事・更衣場面の課題をPTの立位練習内容と揃える |
| ST | 注意機能・二重課題耐性・コミュニケーション | 認知課題との二重課題設計、指示理解の確認 | PTの二重課題訓練における認知負荷を調整 |
| 看護師 | 病棟内ADL、転倒歴、疲労度 | 環境整備、見守り・声掛けの統一 | リハビリでの介助方法を病棟でも再現できるよう共有 |
| 医師 | 病巣部位、全身状態、投薬 | 医学的管理、リスク管理指示 | 画像所見(責任病巣)をリハビリ職と共有し方針をすり合わせ |
| MSW | 在宅環境、介護保険サービス利用状況 | 退院後サービス調整、住環境相談 | 感覚障害による転倒リスクを踏まえた住宅改修提案をPTと共有 |
つまずきポイントと臨床判断のコツ。
石川さん(新人療法士)のように、理論を学んだ直後は臨床でうまく再現できないことが多いものです。特に以下の3つは、新人がよく陥る失敗パターンです。
安全確保と心理的安心感
「感覚障害がある患者さんは動作中に不安を感じやすいです。難易度を段階的に上げながら、常に安全確認を行いましょう。」
「タスクが実生活にどう関連するかを説明すると、モチベーションが上がり、予測的姿勢制御の学習が進みやすくなりますよ。」
予後とゴール設定。
「発症から〇ヶ月経ったから、もう改善は難しい」と考えがちですが、これは必ずしも正しくありません。

— 発症後長期間経過した症例におけるリハビリ効果に関するエビデンスの整理
Hatem SM, et al. Front Hum Neurosci. 2016.[SR/MA]:上肢中心のシステマティックレビューで、発症後6か月以降でもFMA・ARATが有意に改善したことが示されています。
David FJ, et al. Mov Disord. 2015.[単独RCT]:パーキンソン病患者を対象とした24か月RCT(n=48)で、運動介入により注意力・ワーキングメモリが有意に改善し、運動負荷が認知機能の低下曲線を上方修正しうることが示唆されました。
ゴール設定では、期間だけで介入の可否を判断せず、感覚・運動の残存機能と課題特異的な反復練習の質を総合的に評価することが重要です。TISやFRTの経時的な変化を追いながら、現実的な短期・長期目標を患者と共有しましょう。
よくある質問。
APAは動作開始前に先行して働く姿勢調整で、補足運動野からの指令によって筋活動が事前にプログラムされます。フィードバック型は動作中や動作後に感覚情報を基に修正する仕組みで、反応時間の分だけ遅れが生じます。脳卒中後はこの先行性の準備が障害されやすく、動作のたびに後手の修正に頼る状態になりやすいと言えます。
把持力の予測的調整には、物品の重さや動きに伴う負荷変動を事前に見積もる内部モデルが必要です。この内部モデルは感覚フィードバックによって更新されるため、感覚入力が乏しいと見積もりの精度が落ち、安全側に振れて過剰な把持力を使う代償が生じます。Nowak et al.(2004, Brain)の完全脱求心性患者の研究でもこの過剰把持が確認されています。
目的によって使い分けます。FRTは短時間で動的バランスとAPAの機能的側面を簡便に把握でき、初回スクリーニングに適しています。BBSは14項目にわたり静的・動的バランスを網羅的に評価でき、経過観察やゴール設定の根拠として有用です。可能であれば両方を組み合わせ、体幹機能はTrunk Impairment Scaleで補完することを勧めます。
感覚入力そのものの改善が難しい場合は、視覚や聴覚など他の感覚モダリティで代償させつつ、反復運動によって求める手の姿勢や動作パターンを自動化していく方針が現実的です。ただし代償手段に依存しすぎると能動的な感覚再学習の機会を失うため、代償と再学習のバランスを評価しながら調整します。
運動麻痺の重症度(Brunnstrom stageなど)だけを見て機能予後を判断し、体性感覚障害の評価を省略してしまうことです。運動出力が保たれていても感覚入力が乏しければ、実生活での巧緻動作は非効率なままとなるため、感覚評価は運動評価とセットで必ず実施する必要があります。
発症からの期間は重要な情報ですが、絶対的な限界ではありません。Hatem et al.(2016)のシステマティックレビューでは発症6か月以降でも上肢機能が有意に改善した報告が示されています。期間だけで介入の可否を判断せず、感覚・運動の残存機能と課題特異的な反復練習の質を総合的に評価することが推奨されます。
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「入職して間もない頃、感覚障害のある利用者様の把持力が過剰なのを見て、筋力訓練で解決しようとしていました。先輩に『感覚は届いているか確認した?』と聞かれ、初めて評価の順序を見直しました。感覚検査を追加してから、視覚代償を活用した鏡療法に切り替えたところ、3ヶ月でリーチ動作時の代償姿勢が明らかに減りました。評価の順序ひとつで介入方針が変わることを実感した経験です。」— 作業療法士・経験4年目・神経系リハ担当
「発症8ヶ月の利用者様を担当した際、『もう変わらない』と本人・ご家族ともに諦めかけていました。TISとFRTで体幹機能を定量化し、予測的姿勢制御に絞った練習を週2回・3ヶ月継続したところ、FRTが22cmから31cmまで改善しました。期間だけで可能性を判断しないことの大切さを、数値で示せた症例です。」— 理学療法士・経験6年目・脳卒中担当
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代表取締役 金子 唯史
参考文献。

1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024) パーキンソン病の機能促進:医学書院 (2025)