脊柱可動域とヨガ|脳卒中リハビリでの効果・評価・注意点
脊柱可動域とヨガ―脳卒中リハビリでどこまで使えるか、エビデンスを整理する。
ヨガを脳卒中リハビリに取り入れるセラピストは増えていますが、根拠となる研究の多くは脳卒中患者そのものを対象にしていません。本記事では実在する論文の範囲で、何が言えて何が言えないかを整理します。

要点5項目。
臨床現場でこう出会う。
68歳女性、発症から2年経過した生活期の右片麻痺例。BRS(Brunnstrom Recovery Stage)は下肢Ⅴ、FIM運動項目は78点。主訴は「座って靴下を履こうとすると体が硬くて前に倒せない」でした。
初回評価では、座位での体幹前屈可動域が健常参考値より明らかに低下し、麻痺側への体重移動を避ける代償的な座位アライメントが観察されました。
こうした「体幹が硬い」という訴えは、痙性・廃用性の可動域制限・恐怖心による代償姿勢が複雑に絡み合って生じます。ヨガ由来のアプローチが候補に挙がる場面ですが、まず何が根拠として使えるかを整理する必要があります。
ヨガとは何か、研究の背景を押さえる。
ハタヨガ(hatha yoga:呼吸法とポーズの保持を中心とするヨガの一系統)は、欧米で人気の高い運動様式です。特定の姿勢を数秒〜数十秒保持することで、柔軟性・筋力・平衡機能の向上を狙います。
運動は機能低下・肥満・糖尿病・骨粗鬆症などの予防に重要とされますが、「どの運動が適切か」は議論が分かれます。Grabara(2015)は、この問いに対して50歳以上の女性の脊柱可動域という切り口で検証した研究です。

対象は56名の女性(脳卒中既往の記載なし)。90分のヨガセッションを週1回、20週間継続しました。山のポーズ・木のポーズ・猫のポーズなど約20種類のポーズを実施し、立位での体幹屈曲・伸展・左右回旋可動域を介入前後で比較する単群前後比較デザインです(対照群の記載なし)。
結果:可動域は平均6.9〜12.5度改善

— 表:実験結果(Grabara, 2015より引用)。屈曲・伸展・回旋のいずれも介入前後で有意な改善が示されている。
屈曲・伸展・左右回旋のすべての可動域が介入前後で改善し、平均で6.9°〜12.5°の変化が得られました。ただし対照群がないため、この改善が「ヨガ特異的な効果」か「加齢に伴う自然変動・練習効果」を含むかは区別できません。
— ご本人・ご家族の状況を丁寧にお伺いします
STROKE LABでは、脳卒中の動作分析を専門とするスタッフが、可動域制限の原因を丁寧に評価した上で、お一人お一人に合わせたリハビリプログラムをご提案します。
なぜ可動域が改善するのか、機序を考える。
ヨガのポーズ保持は静的な筋収縮・ストレッチを伴い、結合組織の伸張性と筋の粘弾性に働きかけると考えられます。バランスを要するポーズは体幹・下肢筋を賦活し姿勢制御に関与しますが、この機序は運動生理学の一般原則に基づく専門家合意であり、Grabara(2015)自体が筋電図・画像評価などでメカニズムを直接検証したわけではない点に注意が必要です。
脳卒中患者で考慮すべき追加要因
健常高齢者と異なり、脳卒中後は痙性(spasticity:速度依存性の筋緊張亢進)や感覚障害により、同じストレッチ刺激でも反応が異なります。金子唯史「脳の機能解剖とリハビリテーション」(医学書院, 2024)では、体幹の運動学的特徴を踏まえた動作分析の重要性が述べられており、可動域訓練は麻痺側の運動出力パターンを踏まえて設計すべきとされています。

— 金子唯史「脳の機能解剖とリハビリテーション」より、体幹機能に関する解説図。
Grabara M [観察研究]: Effects of hatha yoga exercises on spine flexibility in women over 50 years old. J Phys Ther Sci. 2015;27(2):361-365. 対象56名、90分/回・週1回・20週間の介入で、立位体幹屈曲・伸展・回旋可動域が平均6.9〜12.5度改善(対照群なし・脳卒中患者は含まれない)。
体幹・脊柱可動域制限の原因を鑑別する。
「体が硬い」という訴えの裏には、複数の原因が併存していることが多く、原因ごとにアプローチが変わります[専門家合意]。

| 鑑別疾患・病態 | 共通点 | 鑑別ポイント | 参考検査・所見 |
|---|---|---|---|
| 痙性による可動域制限 | 前屈時の可動域低下 | 速度依存性の抵抗増大。ゆっくり動かすと可動域が広がる。 | Modified Ashworth Scale |
| 廃用性の関節拘縮 | 前屈時の可動域低下 | 速度によらず一定の抵抗。他動運動でも改善しにくい。 | ゴニオメーター測定 |
| 加齢性の脊柱変化 | 伸展・回旋可動域低下 | 両側性・緩徐進行性。麻痺側に限局しない。 | 脊柱X線・臨床経過 |
| 恐怖心による代償姿勢 | 前屈時の可動域低下 | 徒手介助・声かけで即時に可動域が拡大する。 | Falls Efficacy Scale等 |
評価尺度と採点基準を押さえる。
Grabara(2015)は立位でのゴニオメーター測定を用いましたが、脳卒中患者の体幹機能評価には、より臨床応用性の高いTrunk Impairment Scale(TIS:体幹機能障害評価尺度)が国際的に広く使われています。

| 項目 | 採点基準 | カットオフ値 | 解釈 |
|---|---|---|---|
| 静的座位バランス | 0〜7点(7項目の座位保持課題) | 設定なし | 支持なし座位保持の安定性を反映 |
| 動的座位バランス | 0〜10点(10項目のリーチ・回旋課題) | 設定なし | 体幹の分離運動・代償の有無を評価 |
| 協調性(合計) | 0〜6点。総合計は0〜23点 | 設定なし | 左右対称な体幹回旋速度を反映 |
Verheyden G, et al [観察研究(尺度開発研究)]: The Trunk Impairment Scale: a new tool to measure motor impairment of the trunk after stroke. Clin Rehabil. 2004;18(3):326-334. 脳卒中患者を対象に開発され、検者間信頼性・妥当性が報告されている。MCID(臨床的最小変化量)は報告数が少なく、施設間で確立した統一値がないため、経時的な変化は複数評価者・複数時点での測定と併せて解釈することが望ましい。
介入のエビデンスと実施パラメータ。
Grabara(2015)のプロトコルをそのまま脳卒中患者に適用するのは危険です。以下は、姿勢制御能力・易疲労性を考慮した段階的な導入の考え方です[専門家合意]。

四つ這いが困難な例では、椅子座位で骨盤前後傾を促す形に修正します。吸気で骨盤前傾・胸を開く、呼気で骨盤後傾・背中を丸める動作を、呼吸に合わせて8〜10回×2〜3セット行います。
正座姿勢から上体を前傾させ、脊柱全体を穏やかに伸展します。肩・首の緊張が強い例は腕を体側に下ろし、20〜30秒×2〜3回の保持から開始します。
椅子座位で背筋を伸ばし、非麻痺側の手で対側の膝や椅子の背もたれを軽く支えながら体幹を左右にゆっくり回旋します。片側10〜15秒×左右3セットを目安とします。
うつ伏せが可能な例に限り実施。両手を肩の下に置き、呼気で胸を軽く持ち上げます。腰への負担を避けるため軽度の伸展にとどめ、10秒×5回程度から開始します。
Grabara M [観察研究]: J Phys Ther Sci. 2015;27(2):361-365. 90分/回・週1回・20週間、山・木・猫のポーズなど約20種類を実施。上記の座位修正プロトコルはこの頻度・期間を参考に、脳卒中患者向けに専門家判断で改変したものであり、改変版自体の効果検証はなされていません。

STROKE LABでは、脳卒中の動作分析に基づき、可動域制限の背景にある原因を評価した上で、安全に配慮したプログラムをご提案しています。
多職種連携と環境調整。
なぜ多職種での情報共有が必要か
体幹可動域訓練は、循環動態・嚥下・認知機能など他職種の評価と密接に関わります。特に呼吸法を用いる場面では、看護師・医師との情報共有が欠かせません。
「新人の頃は可動域の数字にばかり目がいきましたが、血圧変動や易疲労性を見落とすと本末転倒です。呼吸法を使う日は、必ずバイタルを記録してから始めましょう。」
「グループセッション形式にすると心理的な効果も期待できますが、その場合はSTが認知・言語面の負荷を、看護師が体調面を事前にチェックしてから参加を決めています。」
| 職種 | 評価項目 | 主な介入内容 | 連携ポイント |
|---|---|---|---|
| PT | 体幹ROM・TIS・座位バランス | 座位修正ヨガポーズ・体幹機能訓練 | 運動強度をOT・看護師に共有 |
| OT | ADL場面での体幹使用パターン | 更衣・整容動作への可動域の応用練習 | PTの訓練成果をADL場面に転移 |
| ST | 呼吸法実施時の発声・嚥下機能 | 呼吸法と嚥下訓練の兼ね合いを助言 | 誤嚥リスクがある例は呼吸法を制限 |
| 看護師 | 血圧・脈拍等バイタルサイン | 運動前後のバイタル測定・体調管理 | 異常値時はPTに即時共有・中止判断 |
| 医師 | 全身状態・運動の医学的適応 | 運動強度・禁忌事項の指示 | 新規プログラム導入前の許可確認 |
| MSW | 在宅・地域での継続可能性 | 退院後の運動継続先(通所等)の調整 | 継続困難な要因をPTへフィードバック |
つまずきポイントと臨床判断のコツ。
ヨガを応用する際、新人セラピストが陥りやすい失敗パターンを3つ紹介します。
先輩からのアドバイス
「エビデンスは『使える』と『そのまま使える』は違います。研究の対象者と目の前の患者さんが同じかどうか、必ず確認する癖をつけてください。」
「カルテに書くときも『改善が期待される』と『改善する』では意味が違います。言葉の精度が、次に読む人への責任です。」
予後とゴール設定の考え方。
可動域の数値改善そのものをゴールにせず、それが生活場面のどの動作につながるかを患者さんと共有することが重要です。
TISやROMの数値は経過モニタリングの指標として有用ですが、患者さんにとっての「良くなった」は動作の実感です。訓練開始時に、可動域改善が目指す具体的なADL場面を明確にしておくと、評価結果と生活実感のズレを防げます。
よくある質問。
現時点で本記事が根拠とするGrabara(2015)の研究は、脳卒中既往のない50歳以上の女性56名を対象とした観察研究であり、脳卒中患者を対象とした介入研究ではありません。脊柱可動域改善という生理学的な知見は脳卒中リハビリに応用可能と考えられますが、脳卒中患者集団そのものを対象とした質の高いエビデンス(RCTやSRなど)は現時点で限定的です。
50歳以上の女性56名を対象に、90分のハタヨガセッションを週1回、20週間継続しました。山のポーズ・木のポーズ・猫のポーズなど約20種類のポーズを実施し、立位での体幹屈曲・伸展・左右回旋の可動域を評価した結果、平均6.9度から12.5度の改善が認められました。
そのままの適用は推奨されません。片麻痺による支持基底面の減少、痙性、感覚障害、易疲労性を考慮し、座位や壁・椅子を使った修正ポーズから開始し、転倒リスクを管理しながら段階的に難易度を上げる必要があります。
Trunk Impairment Scale(TIS)が国際的に広く使用されています。静的座位バランス・動的座位バランス・協調性の3下位項目、合計23点満点で構成され、脳卒中患者の体幹機能を定量的に評価できます。
Grabara(2015)の研究はROM(関節可動域)の変化のみを測定しており、ADLやバランス機能、転倒率への効果は検証していません。可動域改善とADL改善を直接結びつける記述は、現時点では専門家の臨床的推論の域を出ないことを理解しておく必要があります。
STROKE LABのプログラム。
当施設は脳神経疾患や整形外科疾患に対するスペシャリストが皆様のお悩みを解決します。体が硬くなった、思うように動かせないといったお悩みに、動作分析に基づいた個別プログラムでお応えします。

— STROKE LABの施設紹介。
「生活期の利用者様で、立位ヨガのポーズを模した体幹訓練をそのまま導入しようとした若手を見たことがあります。BBSを測定すると立位保持に不安があり、急遽座位版に変更しました。結果、転倒なく2ヶ月で座位前屈可動域が改善し、靴下の着脱が自立しました。評価を先に行う習慣の大切さを学んだ経験です。」— 理学療法士・臨床9年目・脳卒中リハビリ専門
「呼吸法を取り入れた体幹訓練中に、利用者様の顔色が優れないことに気づき、看護師と連携してバイタルを確認したところ血圧の変動がありました。プログラムを中断し医師に相談、後日運動強度を調整して再開しました。心理的効果への期待が先行しがちですが、身体所見の観察を怠らないことの重要性を再認識しました。」— 作業療法士・臨床6年目・生活期リハビリ担当
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諦めないでください。

脳卒中後、体が硬くなり以前のように動けなくなったと感じる方は少なくありません。私たちはその感覚を、単なる「加齢」や「仕方のないこと」として片付けません。
STROKE LABでは、動作分析に基づいた根拠ある評価から、お一人お一人に合ったリハビリをご提案します。
「もう一度、あの動作ができるようになりたい」その思いに、専門的な知識と経験で向き合います。まずは無料相談で、今の状態をお聞かせください。
代表取締役 金子 唯史
参考文献。

1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024) パーキンソン病の機能促進:医学書院 (2025)