【2024年版】脳卒中後に痛みを起こさない肩甲骨と肩関節の筋活動やタイミングとは?
論文を読む前に
論文を読む前に、講義形式で脳卒中患者の肩甲骨周囲筋の活動についておさらいしていきましょう。
テーマ: 脳卒中患者における肩甲骨周囲筋収縮のタイミングの特徴
登場人物
- 新人療法士 丸山さん
- リハビリテーション医師 金子先生
金子先生: 「丸山さん、今日は脳卒中患者における肩甲骨周囲筋の収縮タイミングの特徴について、具体的な筋の名前を挙げながら説明します。肩甲骨周囲筋の収縮タイミングの異常は、肩関節の機能に大きな影響を与えます。」
丸山さん: 「はい、よろしくお願いします。」
金子先生: 「最近の研究によると、脳卒中患者では肩甲骨周囲筋の収縮タイミングに以下のような異常が見られます。具体に代表的な筋では、僧帽筋、肩甲下筋、前鋸筋、棘下筋などの筋群が関与しています。」
丸山さん: 「それぞれの筋群の収縮タイミングについて、詳しく教えていただけますか?」
金子先生: 「もちろんです。以下に、各筋群の収縮タイミングの特徴とそれが肩関節の機能に与える影響を説明します。」
金子先生: 「脳卒中患者では、以下の肩甲骨周囲筋の収縮タイミングに異常が観察されることがあります。」
- 僧帽筋 (Trapezius)
- 特徴: 健常者では、上部僧帽筋は肩関節の動作開始前に収縮して肩甲骨を安定させます。しかし、脳卒中患者ではこの収縮が遅れたり不十分になったりすることがあります。
- 肩甲下筋 (Subscapularis)
- 特徴: 肩甲下筋は肩甲骨の前方移動をサポートします。脳卒中患者では、肩甲下筋の収縮が不均一で、肩甲骨の位置制御に問題が生じることがあります。
- 前鋸筋 (Serratus Anterior)
- 特徴: 前鋸筋は肩甲骨の外転と安定化に関与します。脳卒中患者では、この筋肉の収縮が遅れることがあり、肩甲骨の安定性に影響を与えます。
- 棘下筋 (Infraspinatus)
- 特徴: 棘下筋は肩関節の外旋に関与します。脳卒中患者では、棘下筋の収縮が不完全で、肩関節の動きが制限されることがあります。
金子先生: 「これらの収縮タイミングの異常を理解することで、リハビリテーションにおけるアプローチがより効果的になります。以下のポイントを意識して訓練を行うと良いでしょう。」
- 収縮タイミングの改善を目指す:
- 説明: 各筋群の収縮タイミングを改善するためのエクササイズを行い、肩関節の安定性を高める。
- 実施方法: リハビリテーションプログラムにおいて、僧帽筋や肩甲下筋などの筋力強化エクササイズを取り入れ、収縮タイミングの調整を行う。
- 筋肉の収縮の均一性を意識する:
- 説明: 各筋群の収縮が均一になるように指導し、肩関節の安定性を高める。
- 実施方法: 鏡やセンサーを使用して収縮の均一性を確認し、適切な指導を行う。
- 収縮の持続時間を延ばす練習:
- 説明: 各筋群の収縮持続時間を延ばすためのエクササイズを行い、筋肉の持久力を高める。
- 実施方法: 肩甲骨周囲筋の持続的な収縮を促進するエクササイズを取り入れ、筋肉の持久力を向上させる。
丸山さん: 「これらのポイントを基に、リハビリテーションプログラムを設計する際にどのように進めれば良いでしょうか?」
金子先生: 「プログラムを設計する際には、まず患者の肩甲骨周囲筋の収縮タイミングを評価し、その結果に基づいて個別のエクササイズを選定します。また、収縮タイミングの改善を目指すために、実際の動作に合わせた訓練を行うことが重要です。」
丸山さん: 「理解しました。収縮タイミングの改善に向けた訓練を通じて、肩関節の動作をスムーズにすることを目指します。」
金子先生: 「その意識が大切です。肩甲骨周囲筋の収縮タイミングに注目することで、患者の上肢機能をより良く改善することができます。」
論文内容
カテゴリー
バイオメカニクス
タイトル
脳卒中後の肩甲骨の神経筋コントロール
Characteristics of Neuromuscular Control of the Scapula after Stroke: A First Exploration
Liesbet Front Hum Neurosci. 2014; 8: 933.?PubMed Lee HJ, J Phys Ther Sci. 2017 Mar; 29(3):523-526. doi: 10.1589/jpts.29.523.
本論文を読むに至った思考・経緯
肩関節運動時の肩甲骨周囲筋の活動を詳しく知りたかったため。また、脳卒中者はどういったパターンで筋活動が生じるのか知りたかったため。
論文内容
研究背景・目的
・脳卒中者の肩甲骨周囲筋収縮のタイミングを計測し、肩関節痛の有無で比較すること。
研究方法
・14名の健常成人と30名の脳卒中者(うち10名はインピンジメント様の肩関節痛を有する)
・被験者は座位で肩関節屈曲を45°、全可動域の2パターン行い、各々12回反復した。
・屈曲で肘伸展位、回内外中間位で行った。
・僧帽筋上部線維、下部線維、前鋸筋、棘下筋、三角筋前部線維の筋活動を計測した。三角筋前部線維(主動作筋)に比べて、僧帽筋上部線維、下部線維、前鋸筋、棘下筋(肩甲骨安定化を図る筋もしくは腱板筋)の発火が早いか遅いかをみる。三角筋の発火より遅い場合、負の秒数、早い場合、正の秒数(どちらもミリ秒)で記載した。
研究結果
表:屈曲時の各筋の発火時間
Liesbet (2014)から引用
・45°、全可動域の屈曲ともに、健常成人では僧帽筋上部線維と前鋸筋が三角筋前部線維より前に発火している(図の赤枠)。しかし、肩痛の有無に関係なく、脳卒中者は前鋸筋の発火が遅延している(図の青枠)。僧帽筋上部線維も、全可動域の屈曲では遅延が認められる(図の緑)。
・肩痛の有無で脳卒中者を比較すると、45°屈曲の際、痛みを有する群は棘下筋の発火の遅延が見られた(痛みあり-8ミリ秒、無し8ミリ秒)。同様に全可動域の屈曲で痛みあり-19ミリ秒、無し5ミリ秒で遅延がみられた。
・僧帽筋下部線維に着目すると、45°屈曲において痛みを有する脳卒中者は-135ミリ秒、痛みがない群は-35ミリ秒と遅延がみられた。全可動域でも同様に遅延しており、痛みあり-398ミリ秒、無し-140ミリ秒だった。
・肩痛を有する脳卒中者の30%の屈曲は僧帽筋下部線維の発火を伴わず、37%は前鋸筋の活動がみられなかった。
明日への臨床アイデア
上記論文内容を基に臨床的に発展させて解説していきたいと思います。肩関節屈曲運動の際、健常成人では僧帽筋上部線維と前鋸筋が三角筋前部線維に先行して活動します。これにより、肩甲骨が胸郭に対して安定し、三角筋の活動が効率的になります。しかし、脳卒中後の患者では、この先行する筋活動に遅延が見られ、三角筋に過度の負荷がかかり、肩関節の痛みや機能障害が生じる可能性があります。
また、肩関節痛がある患者では、僧帽筋上部線維と前鋸筋の活動にはあまり差がないものの、棘下筋と僧帽筋下部線維の活動が遅延し、これが痛みの原因となっていることが示唆されています。
リハビリ手順
ステップ1: 姿勢評価と修正
- 目的: 肩甲骨のポジションを整え、僧帽筋上部線維と前鋸筋のより効果的な活動を促す。
- 手順:
- まず、患者の姿勢を評価し、肩甲骨の位置や胸郭との関係を確認します。
- 前傾や後傾、肩甲骨の翼状化がある場合、ハンドリングなどで正しい知覚を促しながら、姿勢を修正し、肩甲骨が安定するように指導していきます。
ステップ2: 筋活動の促進
- 目的: 僧帽筋上部線維、前鋸筋、棘下筋、僧帽筋下部線維の協調的な筋活動を促す。
- 手順:
- 患者に対して軽い負荷を使用しながら、肩関節の屈曲運動を指導します。
- この際、肩甲骨の安定化を意識させるために、肩甲骨の内転や上方回旋を促す動作を取り入れます。
- 前鋸筋の活動を促進するために、手を壁に押し付ける動作や、軽い抵抗を伴うプッシュ動作を行います。
ステップ3: 痛みの管理
- 目的: 棘下筋と僧帽筋下部線維の活動を促し、肩関節の痛みを軽減する。
- 手順:
- 痛みがある場合、まずは疼痛管理を行います。冷却療法や軽いマッサージを取り入れて、筋緊張を緩和します。
- その後、痛みがない範囲で肩甲骨の安定化運動を行い、棘下筋と僧帽筋下部線維の活動を促します。
期待される効果
- 肩関節の安定性向上: 僧帽筋上部線維と前鋸筋の協調的な筋活動により、肩甲骨が安定し、肩関節の安定性が向上します。
- 痛みの軽減: 棘下筋と僧帽筋下部線維の活動が改善されることで、肩関節の痛みが軽減し、機能回復が期待されます。
- 機能的な動作の改善: 肩関節屈曲時の筋活動が正常化し、日常生活動作(ADL)の改善が見込まれます。
注意点
- 過度な負荷の回避: 三角筋に過度の負荷がかからないよう、運動の強度や回数に注意します。
- 痛みのモニタリング: 肩関節の痛みが増悪しないよう、痛みの有無を常に確認し、必要に応じて介入を調整します。
- 個別化されたアプローチ: 患者の状態や筋力に応じた個別化されたリハビリプランを作成し、段階的に進めます。
このようなアプローチにより、脳卒中後の肩関節屈曲運動における筋活動を改善し、患者の生活の質を向上させることができます。
新人療法士が注意すべきポイントと事前準備
脳卒中患者の肩甲帯の運動麻痺に対するリハビリテーションを初めて実施する新人療法士が注意すべきポイントと事前準備のポイントを以下に示します。
注意すべきポイント
患者の全体的な評価:
- 説明: 肩甲帯の運動麻痺だけでなく、全体的な筋力、関節可動域、感覚、機能的能力を評価することが重要です。
- 具体例: 動作テストや痛みの評価を行い、肩関節だけでなく全体的な機能状態を把握する。
肩甲帯の動きと筋肉の機能評価:
- 説明: 肩甲帯の動きに関わる主要な筋肉(僧帽筋、肩甲下筋、前鋸筋など)の機能と収縮タイミングを評価する。
- 具体例: 上肢の動作を観察し、特に肩甲骨の動きと関連筋群の収縮状態を確認する。
疼痛管理:
- 説明: 肩甲帯の運動麻痺は痛みを伴うことが多い。疼痛管理を徹底し、無理な動作や痛みを引き起こさないようにする。
- 具体例: 痛みのレベルをモニタリングし、痛みのある部位を避けるか、適切なアプローチを選択する。
安全な動作指導:
- 説明: 患者が安全にリハビリテーションを行えるように、動作の正しいフォームと範囲を指導する。
- 具体例: 運動中に肩関節の過剰な負担を避けるため、サポートを行う。
関節可動域の制限に対する対処:
- 説明: 肩関節の可動域制限がある場合、リハビリテーションプログラムにストレッチや関節可動域改善のエクササイズを組み込む。
- 具体例: 軽度なストレッチエクササイズや関節モビライゼーションを行う。
患者の動機付けとエンゲージメント:
- 説明: リハビリテーションに対する患者のモチベーションを維持し、積極的に参加するよう促す。
- 具体例: 目標設定を行い、進捗状況を確認しながら励ます。
機能的な活動への移行:
- 説明: 基本的なエクササイズから機能的な活動への移行を計画し、患者の生活に役立つスキルを向上させる。
- 具体例: 日常生活での動作をシミュレートしたエクササイズを取り入れる。
筋肉の活性化と協調性:
- 説明: 筋肉の活性化と協調性を向上させるエクササイズを行い、肩甲帯の動きを改善する。
- 具体例: 特定の筋肉群を意識したリハビリテーションエクササイズを設計する。
リハビリテーションの進捗を評価:
- 説明: リハビリテーションの進捗を定期的に評価し、プログラムの効果を確認する。
- 具体例: 定期的な評価を行い、必要に応じてプログラムの調整を行う。
家族や介護者への教育:
- 説明: 患者のリハビリテーションを支援するために、家族や介護者に対しても教育を行う。
- 具体例: 家庭で行えるエクササイズや姿勢の保持方法を指導する。
事前準備のポイント
評価ツールの準備:
- 説明: 肩甲帯の機能を評価するためのツールやチェックリストを準備する。
- 具体例: 関節可動域測定器、筋力測定器、痛み評価スケールなどを用意する。
リハビリテーションプログラムの計画:
- 説明: 患者の状態に合わせたリハビリテーションプログラムを事前に計画する。
- 具体例: 初期の段階から徐々に進行するプログラムを構築する。
機材と設備の確認:
- 説明: 必要な機材や設備の準備と整備を行い、リハビリテーション中にスムーズに使用できるようにする。
- 具体例: リハビリテーション機器や補助具の点検を行う。
患者の病歴とリハビリテーション歴の確認:
- 説明: 患者の病歴や以前のリハビリテーション歴を確認し、適切な介入計画を立てる。
- 具体例: 医療記録やリハビリテーションの記録を事前に確認する。
インフォームドコンセントの取得:
- 説明: 患者やその家族からリハビリテーションの目的や方法について説明し、同意を得る。
- 具体例: リハビリテーションプランを説明し、書面で同意を取得する。
リハビリテーションチームとの連携:
- 説明: 他の医療スタッフやリハビリテーションチームと連携し、統一したアプローチを確立する。
- 具体例: チームミーティングを開き、情報共有を行う。
患者の目標設定:
- 説明: 患者の個別の目標を設定し、その達成に向けたプランを立てる。
- 具体例: 患者と相談し、具体的なリハビリテーションの目標を設定する。
安全対策の確認:
- 説明: リハビリテーション中の安全対策を確認し、事故や怪我を防ぐための準備を行う。
- 具体例: トレーニングエリアの安全確認や緊急時の対応策を整える。
リハビリテーションプログラムの記録:
- 説明: リハビリテーションの進捗や患者の反応を記録し、後の評価に役立てる。
- 具体例: リハビリテーションセッションの詳細な記録を行う。
教育資材の準備:
- 説明: 患者やその家族に対する教育資材を準備し、リハビリテーションの理解を深めてもらう。
- 具体例: エクササイズの説明書や動画を用意する。
これらの注意点と準備ポイントを守ることで、脳卒中患者の肩甲帯の運動麻痺に対するリハビリテーションが効果的に実施できるようになります。
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STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
STROKE LABではお悩みに対してリハビリのサポートをさせていただきます。詳しくはHPメニューをご参照ください
1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023)