【2026年版】上腕二頭筋と肩関節安定性・上腕骨回旋の関連性とは?効果的リハビリ法と研究まとめ
上腕二頭筋長頭腱は、なぜ肩関節を安定させるのか。
片麻痺患者の肩関節痛・亜脱臼の背景には、上腕二頭筋の高緊張による外旋制限と前方不安定性が隠れていることがあります。解剖学的根拠から評価・介入まで整理します。

要点5項目。
臨床現場でこう出会う。
50代男性、右被殻出血後8週(回復期)、左片麻痺。BRS上肢ステージⅢ。主訴は「腕を挙げると肩の前がひっかかって痛い」。
初回評価では上腕二頭筋のMAS 2、肩関節他動外旋可動域は健側比で約40%に制限、肩峰-上腕骨間2横指の亜脱臼所見あり。
このような患者さんに新人療法士が出会うと、「痛いから挙上を避ける」という対処に終始しがちです。しかし、痛みと外旋制限の背景には、上腕二頭筋の高緊張による肩関節の力学的な変化が隠れていることが少なくありません。
本記事では、上腕二頭筋長頭腱がなぜ肩関節安定性に関与するのかという基礎から、片麻痺患者特有の高緊張時に何が起こるのか、そして評価・介入の具体的な進め方までを、先輩から後輩への引き継ぎのつもりで整理します。
定義と疫学。
上腕二頭筋長頭腱(LHB:long head of biceps brachii、肩甲骨関節上結節から起始し結節間溝を通る腱)は、肘屈曲・前腕回外の主動作筋であると同時に、肩関節のダイナミックスタビライザー(動的安定化機構:筋収縮によって関節を能動的に支える仕組み)として機能します。
脳卒中後肩関節痛(HSP:hemiplegic shoulder pain)は発症1年時点で約24%に出現するとされ、上肢痙縮は発症後の経過の中で約38%の患者に生じます。両者が重なる症例では、痙縮筋が関節の力学的環境を変化させ、痛みを増幅させる構図が成立しやすくなります。
高緊張状態の上腕二頭筋は、単に「硬い筋肉」ではなく、肩関節の回旋運動を力学的に制御している構造体です。緊張を緩めることと、肩関節の安定性を再構築することは、別の課題として捉える必要があります。
なぜこのテーマを新人のうちに理解すべきか
「痙縮があるから痛い」で止めず、どの動作で・どの方向で痛みが出るかを上腕二頭筋の作用と結びつけて評価できるようになります。
緊張緩和を先行すべきか、安定化エクササイズを優先すべきかを、その日の評価所見から判断できるようになります。
医師・OTに「なぜ外旋を促すのか」を解剖学的根拠とともに説明できると、介入の一貫性が保ちやすくなります。
— ご本人・ご家族の状況を丁寧にお伺いします
STROKE LABでは脳卒中後の肩関節機能に専門的に向き合う療法士が、評価から具体的な改善方法までご相談に乗ります。退院後のリハビリ先にお悩みの方もお気軽にどうぞ。
運動学的メカニズム。

献体15肩を用いた解剖学的研究では、短頭の緊張により肩峰-上腕骨間距離が統計的に有意に減少した一方、長頭または両頭の緊張時には有意な変化が見られませんでした。さらに両頭緊張下で長頭腱を切断すると上腕骨頭が著しく上方移動したことから、長頭腱は前方・回旋方向の安定化に重きを置く構造であると解釈されています。
回旋角度によって作用が切り替わる
長頭腱の作用は一定ではなく、肩甲上腕関節の屈曲角度に依存して変化します。屈曲約45°以上では、結節間溝が肩甲骨面の前方に位置する場合は内旋方向、後方に位置する場合は外旋方向に作用が切り替わることが報告されています。つまり、高緊張による内旋優位パターンは、この力学的特性が誇張された状態と捉えることができます。

Kumar VP, et al. Clin Orthop Relat Res. 1989 [観察研究/解剖学的研究]:献体15肩。短頭緊張で肩峰-上腕骨間距離が有意に減少。長頭腱切断により骨頭の上方移動が著明に増大。
Itoi E, et al. 1994 / Rodosky MW, et al. Am J Sports Med. 1994 [観察研究]:上腕二頭筋腱は肩甲上腕関節のねじり剛性を増加させ、動的な前方安定要素として機能することを報告。
Eshuis R, et al. J Shoulder Elbow Surg. 2012 [観察研究]:屈曲45°以上で結節間溝の位置により長頭腱張力の回旋作用(内旋・外旋)が切り替わることを生体力学的に検証。
片麻痺患者でこの筋が高緊張になると、内旋方向への作用が常態化し、肩甲上腕リズム(肩甲骨と上腕骨が協調して動く比率)が崩れます。結果として肩前方部への負担が増し、運動初期からの痛みやクリック音(腱の引っかかり感)として臨床症状に現れます。
鑑別診断。
「肩前方の痛み+外旋制限」という所見は、上腕二頭筋関連の問題以外にも複数の病態で生じます。新人のうちに見落としやすい鑑別先を押さえておきましょう。
| 鑑別疾患 | 共通点 | 鑑別ポイント | 参考検査 |
|---|---|---|---|
| 肩関節亜脱臼 | 外転・挙上時の痛み | 肩峰-上腕骨間に触診上の段差。重力下垂時に増悪 | 指幅法による触診、肩関節単純X線 |
| 肩関節周囲炎(凍結肩) | 他動可動域制限・運動時痛 | 全方向性の可動域制限、夜間痛が顕著 | 他動・自動可動域の比較評価 |
| 腱板損傷(棘上筋腱) | 外転時の前方〜外側部痛 | 有痛弧徴候(60〜120°)、抵抗時の筋力低下 | エンプティカンテスト、超音波・MRI(必要時) |
| 肩手症候群(CRPS Type I) | 肩〜上肢の安静時痛 | 手指の腫脹・皮膚色調変化・発汗異常を伴う | 視診・触診による皮膚変化の確認、医師との情報共有 |
| 頚椎神経根症由来の関連痛 | 肩〜上腕の放散痛 | 頚部肢位での症状変化、デルマトーム分布 | スパーリングテスト、頚部可動域評価 |
評価尺度と採点基準。
評価は「筋緊張」「上肢回復段階」「可動域」「亜脱臼」の4点をセットで確認します。介入の前後で必ず再評価し、変化を数値で追えるようにしましょう。
| 項目 | 採点基準 | カットオフ値 | 解釈 |
|---|---|---|---|
| MAS 0 | 筋緊張の増加なし | 該当なし(順序尺度) | 正常範囲 |
| MAS 1 | 可動域終末でわずかな抵抗感 | 臨床的に軽微 | 経過観察可 |
| MAS 1+ | 可動域前半でひっかかり、後半軽度抵抗 | 介入開始の目安 | 機能的影響が出始める境界 |
| MAS 2 | 可動域大部分で抵抗を感じるが動かせる | 外旋制限が顕在化しやすい | 緊張緩和を優先 |
| MAS 3〜4 | 他動運動困難〜不可 | 高度拘縮の可能性 | 医師・OTと方針共有が必須 |
Bohannon RW, Smith MB. Phys Ther. 1987 [単独RCT/信頼性研究]:肘屈筋群における検者間信頼性が報告された原著。順序尺度のため、グレード間の差は等間隔ではない点に注意が必要です。MCID(臨床的最小変化量)は公式に定められていないため、評価時は同一検者による経時的変化の追跡を優先します。
介入のエビデンス。
介入は「緊張緩和→アイソメトリック安定化→動的協調」の順で段階づけます。各ステップでパラメータ(時間・回数・頻度)を明記し、再評価で進行を判断してください。

肘伸展+前腕回内位で愛護的に持続伸張。30秒×3セット、1日2回を目安に、痛みの出ない範囲で実施します。
肘90°屈曲位で軽度抵抗下に外旋方向の等尺性収縮。10秒保持×10回、週5日。骨頭が前方に逸脱しないか触診で確認しながら行います。
D2屈曲-伸展パターンを利用し回旋運動を促通。各方向8〜10回×2セット、隔日で実施します。
肩甲骨固定を確認しながら水平面でのリーチ動作。10回×3セット、週3回、負荷は軽量から漸増します。
Borisova Y, Bohannon RW. Clin Rehabil. 2009 [SR/MA]:脳卒中後の肩関節可動域制限予防において、ポジショニングを含む保存的アプローチの有効性を統合的に検討。
複合的な外旋促通エクササイズの併用 [専門家合意]:本記事で示した4段階の進め方は、上記エビデンスと施設での臨床知見をもとにした実践的指針であり、個々の研究で直接検証されたプロトコルではない点に留意してください。

私たちは脳卒中後の運動機能を、解剖学・運動学の視点から丁寧に紐解き、一人ひとりに合わせたリハビリプログラムをご提案しています。肩の痛みでお困りの方は、まずはご相談ください。
多職種連携と環境調整。
肩関節は単独の職種では守れない
高緊張・亜脱臼を伴う肩関節は、移乗動作・更衣・車椅子上の姿勢などあらゆる生活場面でリスクにさらされます。PTの介入だけでなく、看護師による移乗時の腕の取り扱い、OTによるADL場面での代償動作の確認まで含めた連携が欠かせません。
「腕を引っ張って移乗させない」という申し送りは、看護記録に一文書くだけでは伝わりません。実際に移乗場面に同席して、安全な保持位置を一緒に確認するのが一番早いです。
夜間の体位による牽引ストレスも見落としがちなポイントです。スリングや三角巾の使用基準は、必ず医師・OTと共有してから導入しましょう。
| 職種 | 評価項目 | 主な介入内容 | 連携ポイント |
|---|---|---|---|
| PT | MAS・BRS・他動可動域・亜脱臼 | 緊張緩和・安定化エクササイズ | 介入結果をOTのADL指導に反映 |
| OT | 更衣・整容時の代償動作 | 生活場面での肩保護指導 | PTの可動域評価結果を共有 |
| ST | 疼痛・不快感の言語化能力 | コミュニケーション支援 | 非言語的な痛みのサインをPTへ共有 |
| 看護師 | 移乗・体位変換時の肩の扱い | 安全な保持位置での介助 | PTから禁忌肢位を明確に申し送り |
| 医師 | 痙縮の全身評価・画像所見 | 薬物療法・整形外科的評価の要否判断 | MAS悪化・疼痛増悪時に即座に報告 |
| MSW | 退院後の生活環境・介護体制 | 福祉用具・在宅サービスの調整 | 家族への肩保護指導の橋渡し |
つまずきポイントと臨床判断のコツ。
理論を理解していても、臨床で同じ失敗を繰り返すことがあります。先輩たちが新人時代に経験した、よくある3つのつまずきを共有します。
迷ったときの判断基準
「迷ったら、その日その時点でのMASと可動域を見て決めればいい。基準を体に持っておくと、毎回の判断に迷わなくなる。」
「痛みが出たら、まずは止める。それから何が誘発したのかを一緒に振り返る。この順番を崩さないことが何より大事だ。」
予後とゴール設定。
早期に高緊張と外旋制限の関係に気づき介入を開始できた症例ほど、亜脱臼・拘縮への進行を予防しやすい傾向があります。ゴール設定はBRSステージと疼痛の有無を軸に、機能的な到達点を具体的に描きます。
「4週間で他動外旋可動域を健側比60%まで拡大し、更衣動作時の疼痛をNRS3以下にする」のように、評価尺度の数値を具体的な期間とともにゴールへ落とし込みます。BRSステージが上がらない段階でも、疼痛軽減・可動域維持は十分に意味のあるゴールです。
よくある質問。
肩甲骨関節上結節から起始し、肩甲上腕関節のねじり剛性を高める動的前方安定機構として働きます。短頭の緊張は肩峰-上腕骨間距離を有意に減少させ、上方への骨頭移動を制御することが解剖学的研究で示されています。
肩甲上腕関節屈曲約45度以上では、結節間溝の位置関係により長頭腱の張力が内旋方向に作用しやすくなります。過緊張状態ではこの作用が強まり、結果として外旋運動が物理的に制限されやすくなります。
高緊張により内旋優位の肢位が固定化すると、肩甲上腕リズムが崩れ前方支持機構への負担が増します。直接的な亜脱臼の原因というより、内旋拘縮を介して前方不安定性を助長する間接的な関連因子として捉えるのが臨床的に妥当です。
MASによる上腕二頭筋の筋緊張評価、BRSによる上肢回復段階、他動外旋可動域、肩峰-上腕骨間距離(亜脱臼の指標)の4点を運動介入の前後で必ず確認します。
緊張緩和を先行させ、可動性が改善した範囲内でアイソメトリックな外旋エクササイズへ移行し、最後に肩甲骨と協調したダイナミックなリーチ動作へ発展させる三段階が基本です。痛みを伴う最終域への他動操作は避けます。
疼痛が生じた時点で直ちに該当動作を中止し、可動域・誘発肢位・疼痛の性質を再評価します。無理に可動域を追わず、緊張緩和的なアプローチへ一旦戻し、必要に応じて主治医・OTと情報共有することが原則です。
STROKE LABのプログラム。
STROKE LABは脳卒中・整形外科疾患の専門スタッフが、解剖学・運動学に基づいた評価から個別プログラムを設計する自費リハビリ施設です。肩関節の痛みや動かしにくさに対しても、原因を丁寧に紐解いたうえで具体的な改善方法をご提案しています。

「回復期で肩前方痛を訴えていた患者さんに、外旋制限の原因が上腕二頭筋の高緊張にあると判断し、緊張緩和を先行させてからアイソメトリックな外旋エクササイズに移行しました。4週間で他動外旋可動域が健側比40%から65%まで改善し、更衣時の疼痛も軽減しました。原因に立ち返って介入順序を組み立てることの大切さを実感した症例です。」— PT・経験8年・脳血管疾患領域
「移乗時に腕を強く引かれて痛がる患者さんがいて、看護師さんと一緒に移乗動作を実際に確認したところ、肩の保持位置に問題があることが分かりました。安全な保持方法を写真付きで共有し直したところ、移乗時の訴えがなくなりました。情報共有は言葉だけでなく現場で一緒に確認することが何より効果的だと学びました。」— OT・経験5年・回復期病棟担当
諦めないでください。

脳卒中後の肩関節の痛みや動かしにくさは、「年齢のせい」「麻痺だから仕方ない」と片付けられてしまうことが少なくありません。しかし、その背景には筋の働き方や関節の力学的な変化という、明確な理由があります。
私たちはその理由を丁寧に紐解き、一人ひとりの身体に合わせたリハビリをご提案しています。
退院後のリハビリ先にお悩みの方、肩の痛みでお困りの方は、どうぞお気軽にご相談ください。
代表取締役 金子 唯史
参考文献。

1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024) パーキンソン病の機能促進:医学書院 (2025)