ファスナーを上げられない子|両手の役割分担と体幹の安定
ファスナーを上げられない子|両手の役割分担と体幹の安定
「引っ張るところまではできるのに外れる」「片方の手で押さえていられない」「机の上ではできるのに、上着を着るとできない」——ファスナーは、小さな部品をつまむだけの課題ではありません。どこで止まるか、左右の手がそれぞれ何をしているかを分けて見ると、家庭での関わり方が具体的になります。

01 「上げられない」を、差し込み・固定・引き上げ・持ち直しに分ける
02 引く手だけでなく、反対側の「支える手」が残れているかを見る
03 体幹は重要な条件の一つだが、すべてを「体幹が弱い」で説明しない
04 机上・着用、持ち手の大きさ、下端固定などを一条件ずつ比べる
05 以前できていた手の操作が急にできない、新しい左右差・脱力・強い痛みは医療を優先する
「引けない」ではなく、どこで止まっているかを見る。
ファスナーは、できる・できないだけで見ると原因が分かりにくい生活動作です。下端を合わせるところで止まる子と、差し込めても引き上げると外れる子では、必要な関わりが変わります。
最初にするのは練習量を増やすことではなく、失敗した瞬間を工程のどこかに置き直すことです。「差し込みが浅い」「下を押さえていた手が離れる」「両手とも上へ動く」「途中で力任せになる」など、どこで崩れるかを見ます。
「差し込む」と「引き上げる」は、違う課題。
差し込み・始動では、左右の下端を見る、向きを合わせる、差し込み棒を奥まで入れる、布がねじれない位置を保つことが必要です。
固定・引き上げでは、一方の手が下側に残り、反対の手が上へ動き、抵抗に合わせて力を調整し、必要なら持ち直します。左右の手が別々の仕事を保つことが重要です。

支える手が動くと、引く手もうまく働きにくい。
ファスナーを上げるとき、引く手は上へ移動しますが、反対側は下端をその場に保ち、布と差し込み部分が一緒についてこないように支えます。苦手な子では、スライダーを上へ引くと、下を押さえていた手まで一緒に上へ動くことがあります。
大人や療法士はスライダーを引かず、下側だけを固定します。それだけで子ども自身が上まで引けるなら、引く力より「固定側の手の役割」が主要なボトルネックである可能性を考えます。
体幹は土台の一つ。でも、原因を全部そこにしない。
細かな手作業では、身体を安定させたうえで両手を自由に使えることは一つの条件になります。一方で「体幹が弱いからファスナーができない」と断定するのは適切ではありません。
3〜11歳の子どもを対象にした研究では、姿勢安定性と手の巧緻性に関連がみられました。ただし、年齢を調整した解析で姿勢安定性が説明した手作業成績のばらつきは、課題によって約1〜10%でした。
限界:この研究はファスナー操作そのものを対象にしていません。臨床では足支持座位・立位など条件を変え、その条件で実際のファスナー成績が変化するかを確認します。
家庭では、最後の1工程から成功をつくる。
朝の急いでいる時間ではなく、余裕のある時間に行います。最初は服を身体から外して机や膝の上で練習し、大人が差し込みまで行って子どもが最後に引き上げるなど、成功しやすい工程から始めます。
| 家庭での工夫 | 下げる負荷 | 次の段階 |
|---|---|---|
| 服を机・膝の上に置く | 身体上での位置合わせ・姿勢負荷 | 着用座位へ |
| 大人が差し込みまで行う | 開始工程 | 手伝う工程を減らす |
| 大きめのタブを付ける | つまむ要求 | 実際の持ち手へ |
| 椅子+足を支持する | バランス要求 | 着用座位→立位へ |
着替え技能を扱った研究では、明確で系統的な言語指示と運動活動を組み合わせた10週間の介入で、視覚障害児・Down症児・定型発達児の着替え技能の発達が支持されました。公的な小児OT資料でも、服を身体から外して練習してから着用へ進むこと、工程を分けること、最後の工程を子どもに残すbackward chainingが紹介されています。
限界:ファスナー単独の試験ではなく、対象年齢・診断も限定的です。ここでは「工程を分け、成功を残しながら実課題へ戻す」という原理の補助として扱います。

専門施設では、「できない工程」を条件操作で切り分ける。
専門施設で見るのは、指の力の点数だけではありません。実際の上着を使い、条件を一つ変えた瞬間に成功率がどう変わるかを観察し、その反応を介入選択に使います。
① 下端だけ固定すると成功するか。療法士はスライダーを引かず、下側だけを安定させます。それだけで上まで引けるなら、固定側の役割分化を優先して考えます。
② 持ち手だけ大きくすると変わるか。急に操作できるなら、つまむ要求や持ち手の向きを保つことが主要な負荷かもしれません。
③ 机上ではでき、着用すると崩れるか。身体上へ移したときだけ失敗するなら、視覚アクセス、衣服の張力、姿勢、左右の手の空間位置を比較します。
④ 最後は自分の上着へ戻す。朝の玄関や園で、必要な介助工程・声かけ・やり直し回数が減ったかを同じ指標で再評価します。
| 困りごと | 仮説 | 条件操作 | 生活アウトカム |
|---|---|---|---|
| 下端を差し込めない | 位置合わせ・向き・順序 | 机上/着用、大型ファスナー | 大人が差し込まなくても開始 |
| 引くと外れる | 支持手と操作手の役割分化 | 下端のみ外部固定 | 支える手を残して胸まで上げる |
| 途中で詰まる | 力加減・把持・抵抗 | 大きい持ち手/通常、低抵抗/普段着 | 力任せの引き直しが減る |
| 机上ではできる | 姿勢・視覚・衣服張力 | 机上/着用、足支持座位/立位 | 家庭・園で自分の上着を閉める |
DCD児を対象にした研究・レビューでは、本人が行いたい日常課題を中心にした課題志向型介入やCO-OPなどが検討されています。一方、効果の確実性について慎重なレビューもあります。臨床では基礎機能の練習だけで終わらず、最終的に実際の生活課題へ戻します。
限界:DCDなど特定の診断を対象とした研究であり、ファスナーが苦手なすべての子どもに同じ効果を保証するものではありません。
「できた」の定義は、療法士の前で一度成功することではありません。差し込みに必要な介助回数、声かけ、外れたときの自己修正、自分の上着での再現、家庭・園での実行まで確認します。

ファスナーだけではないときは、広く相談する。
ファスナーが苦手という一つの行動だけから、発達性協調運動症や発達障害などを判断することはできません。ボタン・はさみ・箸・書字・着替え・遊びなど複数場面に困りがある、介助量がなかなか減らない、本人が強く困っている場合は、小児科や作業療法士などへ相談すると生活全体から整理できます。
以前できていた手の操作が急にできなくなった、新しい左右差、脱力、しびれ、強い痛みなどが出た場合は「練習不足」とせず、医療機関での確認を優先してください。
STROKE LABでは、差し込み、支える手、引く手、姿勢、視覚、力加減を条件ごとに確認します。医療機関での確認が必要なサインは医療を優先し、そのうえで家庭や園で再現できる着替え方を一緒に組み立てます。
よくある質問。
Q. 何歳くらいからファスナーを自分で上げられますか?
Q. 引っ張る力が弱いから、ファスナーを上げられないのでしょうか?
Q. 机の上ではできるのに、服を着るとできないのはなぜですか?
Q. ファスナーの持ち手を大きくしてもよいですか?
Q. 家ではどのように練習するとよいですか?
Q. どんなときに専門家へ相談した方がよいですか?
できる条件へ翻訳する。

生活動作の難しさは、「筋力」「器用さ」という一言では説明できないことがあります。ファスナーも、差し込む、支える、引く、持ち直すという小さな役割の連続です。
私たちは、できなかった瞬間だけでなく、条件を一つ変えたときに何が変わるかを見ます。そこから必要な練習を絞り、最後は家庭や園で実際に使える形へ戻します。
代表取締役 金子 唯史

生活動作を「できない」で終わらせず、姿勢・感覚・運動の連鎖として見る視点は、子どもの着替え動作を分析するうえでも土台になります。
- 着替えが遅い子|姿勢・手先・手順から見る生活動作(TODO URL)
- ボタン・ひも結びが苦手な子|両手協調と手先の使い方(TODO URL)
- スナップボタンができない子|押す力と手元を見る力を育てる(TODO URL)
- STROKE LABの小児リハビリ
本記事は、小児の手作業・着替え・課題志向型介入に関する研究、公的な小児作業療法資料、STROKE LABの臨床的な動作分析の枠組みをもとに構成しています。研究知見と臨床上の仮説を分け、ファスナーに対する特定の方法の治療効果を断定していません。
- Flatters I, et al. Exp Brain Res. 2014;232(9):2907-2917.
- Hayton JA, Dimitriou D, Wall K. International Journal of Inclusive Education. 2018. doi:10.1080/13603116.2018.1456568.
- Preston N, et al. Clin Rehabil. 2017;31(7):857-870.
- Miyahara M, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2017;7:CD010914.
- Newcastle Hospitals NHS Foundation Trust. Fastening buttons and zips.
- Leeds Community Healthcare NHS Trust. Motor skill difficulties: dressing and zips guidance.
- 金子唯史:脳の機能解剖とリハビリテーション.医学書院,2024,408頁。

1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024) パーキンソン病の機能促進:医学書院 (2025)