なぜ熟練者は“無駄なく動ける”のか? 【2026年版】脳から学ぶ効率的な運動制御|脳卒中リハビリ論文サマリー
熟練者の脳は「省エネ」で動く。ネイマール研究から学ぶ運動制御と臨床応用。
fMRI研究が明らかにしたのは、サッカー界のスター・ネイマールの足関節運動中の脳活動が全被験者中で最小だったという衝撃的な事実です。「うまい人ほど脳を使わない」——この逆説的な神経効率の原理は、脳卒中リハビリにおける多様な練習設計の科学的根拠になります。
要点5項目。
臨床現場でこう出会う。
脳卒中後のリハビリで、繰り返し練習しているのに動作の質が改善しない——そんな場面は珍しくありません。新人セラピストのうちは「もっと反復させればいい」と考えがちです。
しかし今回紹介するネイマール研究が示すのは、「量だけでなく、多様性こそが脳の効率的な変化をもたらす」という視点です。この発想の転換が、臨床設計を根本から変える可能性を持っています。
あなたは今日、担当する患者さんに同じ歩行練習を20回繰り返させましたか?それとも、床の素材を変えたり、坂道を取り入れたり、課題難易度を少しずつ変えながら設計しましたか?この違いが、脳神経科学的には大きな意味を持ちます。
研究の概要と目的。
本記事で紹介するのは、内藤栄一ら(2014年)がFrontiers in Human Neuroscience誌に発表した論文「Efficient foot motor control by Neymar’s brain」です(PubMed ID: 25136312)。
成人脳でも可塑性が認められることは現在では確立した事実です。手の運動スキルを頻回に練習すると、数日から数週で対応するM1(一次運動野:随意運動の指令を出す領域)が拡張します。
この変化はfMRI(機能的磁気共鳴画像法:脳の血流変化から神経活動を推定する手法)のBOLD信号——オキシヘモグロビンとデオキシヘモグロビンの比率——によって可視化されます。
熟練したピアニストやドラマーを対象とした先行研究では、運動スキルが高い人ほど運動野の発火が少ない「神経効率仮説」が示されています。Naito et al.(2014)は、「単一運動の熟練者」として際立つネイマールを対象にすることで、この現象をより明確に捉えようとしました。
研究目的:足関節運動中の内側壁運動野活動を比較する。
本研究の目的は「足関節の運動中における、ネイマールをはじめとしたプロサッカー選手の内側壁運動野(内側M1・SMA・帯状皮質運動野など)の活動を明らかにすること」でした。単に「うまい人は脳を使わない」という印象論を超え、fMRIによる定量的な比較が行われました。
— ご本人・ご家族の状況を丁寧にお伺いします
一緒に形にしませんか。
STROKE LABは脳神経系に特化した自費リハビリ施設です。最新の脳科学的知見に基づいた多様な練習設計で、ご本人の可能性を最大限に引き出します。まずは無料相談でご状況をお聞かせください。
神経効率の脳科学的メカニズム。
シナプス伝達を電流に例えれば、熟練者の神経回路は「整備された高速道路」のようなもの。同じ目的地(筋収縮)に到達するために必要なエネルギー(酸素・血流)がはるかに少なく済む。対して、不慣れな動作は「砂利道」——大量のエネルギーを消費し、非効率です。
BOLD信号と神経活動の関係。
fMRIのBOLD(血中酸素レベル依存)信号は、神経活動が増えると酸素消費が増し、周囲の血流が増加することを利用して間接的に神経活動を推定します。つまりBOLD信号が低い=その領域の神経活動が少ない、ということです。
熟練者ではシナプス(神経細胞間の接続部位)の伝達効率が高まり、より少ないオキシヘモグロビン(酸素を運ぶ赤血球中のタンパク質)でも十分な運動出力が得られます。その結果、運動野のBOLD信号は低下します。
Krings et al.(2000, Neurosci Lett):プロピアニストは同等の演奏課題において、アマチュアより有意に少ない運動野活動を示した(観察研究)。
Hund-Georgiadis & von Cramon(1999, Exp Brain Res):訓練経験が長いほど、手指運動中の運動野活動が抑制されることを示した(観察研究)。
臨床的含意:「脳卒中後の患者さんが多くの神経を動員して動いている状態」は、効率が低い状態です。多様な練習でシナプス効率を高めることが、より少ない努力で動けるゴールにつながります。
高次機能への血流配分という恩恵。
運動野の血流消費が減ると、前頭前野(注意・計画・判断)や帯状皮質(動機づけ・エラー検出)などの高次領域に血流を配分できます。ネイマールが試合中に「先を読む」判断を素早く行えるのは、足関節制御に余分な認知資源を割かずに済んでいるためと考えられます。
脳卒中後リハビリへの含意は明確です。麻痺側の基本動作を「省エネ運動」にできれば、患者さんは注意・判断・コミュニケーションにより多くの認知資源を使えるようになります。
研究方法とデータ解析。
対象者の構成。
| 対象者 | 分類 | 備考 |
|---|---|---|
| ネイマール | プロ(特別対象) | 3試行実施(他は2試行) |
| プロサッカー選手 3名 | プロリーグ所属 | 18〜32歳・健常男性 |
| 水泳選手 2名 | プロ(足非専門) | 比較対照群 |
| アマチュアサッカー選手 1名 | アマ | プロ群との比較対照 |
実験手続きとデータ解析の流れ。
閉眼・脱力・膝ベルト固定・ヘッドフォン装着の状態でスキャナーに臥床。右足首以外を動かさないよう指示。測定条件を均一化し、足関節運動の効果を純粋に抽出。
指示後、1Hzのメトロノーム音に合わせて右足首を左右方向に交互に回旋。1試行=計8回の回旋。15秒の休憩後に計2試行(ネイマールのみ3試行)。足の動きはデジタルビデオカメラで記録。
画像解析ソフトSPM5を使用。補足運動野・帯状皮質運動野・一次運動野・一次感覚野の各領域で、足関節運動に関連して発火するvoxel(3次元画像の最小単位)の数を計算。脳活動量はT値として算出。
voxel数・T値・足部運動量の各項目でMann-Whitney検定を実施(プロ群n=8試行 vs アマ群n=6試行)。また個人(n=2試行)vs 他選手(n=12試行)の比較も実施。足部の2次元拇趾軌跡から運動量を算出。
結果:ネイマールの脳は何が違うか。
全被験者において、足関節運動が内側壁運動野を活性化させることが確認されました。その上で、以下の重要な差異が明らかになりました。
— Fig.1:2セッション分析。プロ群はアマ群よりvoxel数が少なく、ネイマールは全被験者中で最小値。
2セッション分析(Fig.1)の主要結果。
— Fig.2:シングルセッション分析。ネイマールのvoxel数・T値は他の全被験者より明確に少ない。3試行目(赤枠)で運動量を増やしても脳活動は増加せず。
シングルセッション分析(Fig.2)の重要な発見。
voxel数およびT値は、足関節の運動量(動きの大きさ)とは関連しませんでした。プロ群とアマ群の間に足関節運動量の差もありませんでした。
臨床応用:多様な練習設計の組み立て。
本研究から導かれる最も重要な臨床的示唆は「多様な環境・姿勢戦略での反復」が、神経効率を高める可能性があるという点です。以下に具体的なセッション設計の流れを示します。
患者さんの基本動作(起き上がり・立ち上がり・歩行など)のうち、もっとも努力を要している動作を1つ特定する。これがセッションの「コア課題」になる。
同一動作を「床面の種類・傾斜・足の幅・荷重比率・速度」などを変えながら反復する。1パターンに固執せず、3〜5種の条件でローテーションが目安。エビデンスのある課題指向型訓練では1セッション45〜60分・週3〜5回が推奨されている。
セッション内の練習だけでなく、生活環境の中で反復できる場を設定する。「何回の往復で疲れるか」より「何種類の状況で安全に実施できるか」を指標にする。看護師・家族へのコーチングも含めた環境設定が重要。
動作が安定してきたら、会話しながらの歩行・カラーコーンの回避など、高次機能を同時に要求する二重課題(デュアルタスク)を取り入れる。運動野の省エネ化が進んでいれば、高次課題への対応力が向上するはず。
頻度・強度:週3〜5回・1セッション45〜60分が複数のRCTで採用されている基本設計。
多様性の担保:French et al.(2016, Cochrane)の系統的レビューでは、反復的な課題練習が歩行速度と上肢機能の改善に有意な効果を示した(強く推奨)。
本論文との関連:本研究(Naito et al., 2014)は介入研究ではないため因果関係の証明には至らないが、「多様な四肢の使用が神経効率を高める」という機序的根拠として、課題指向型訓練の多様性設計を支持する(エビデンスレベル:観察研究)。
リハビリを、一緒に設計しましょう。
「同じ動きを繰り返すだけ」のリハビリではなく、多様な状況での練習が脳の効率的な変化をもたらします。STROKE LABでは脳神経科学に基づいた個別の練習設計で、ご本人の「動ける」を広げるサポートをしています。
多職種連携と環境設定。
「多様な状況での反復量確保」は、セラピスト1人では達成できません。病棟での生活動作を練習機会として活かすためには、多職種チームとの連携が不可欠です。
多職種の役割分担。
| 職種 | 主な役割 | 具体的な行動 |
|---|---|---|
| PT | 多様な歩行条件の設計 | 床面・傾斜・速度・二重課題を段階的に変化させる練習を設計 |
| OT | ADLでの反復機会の組み込み | 食事・整容・更衣などのADL場面で多様な姿勢戦略を試みる機会を確保 |
| ST | デュアルタスクの評価と訓練 | 会話・認知課題と動作を同時に行う二重課題の評価・難易度調整を担当 |
| 看護師 | 病棟での反復機会の担保 | リハ以外の時間帯(起床・排泄・食事)での自立動作を安全に見守り、反復量を確保 |
| 家族・MSW | 退院後の環境整備 | 自宅環境での多様な動作機会を確保する住環境調整・家族指導を連携して実施 |
「セラピーの時間だけが練習時間じゃない。起床・排泄・食事という生活動作すべてが、脳の可塑的変化を起こすチャンスだよ。看護師さんへのコーチングが、セラピストのもう一つの仕事だと思って。」
「多様性って、難しく考えなくていい。『今日は床の素材を変えてみよう』『今日は少し速く歩いてみよう』——その小さな変化の積み重ねが脳を育てる。」
「プロアスリートを研究することで、健常者が持つ可塑性の上限が見えてくる。その上限に近づけることがリハビリの目標だと、私は思っている。」
Pitfallsと臨床判断のコツ。
ネイマール研究を臨床に応用しようとするとき、陥りやすい誤解や落とし穴があります。先輩セラピストがよく目にする3つの罠を押さえておきましょう。
臨床判断の分岐点:「いつ多様性を増やすか」。
「最初は1種類の条件で正確性を高める。そこから徐々に条件を変える——これが基本の流れ。多様性を最初から入れすぎると、患者さんが混乱してモーターパターンが固まらない。」
「患者さんが『簡単すぎる』と感じたタイミングが、条件を変えるサイン。その感覚を大切にして。脳は安全な範囲で少しだけ難しい課題を与えられたとき、最も変化しやすい。」
予後とゴール設定。
本研究は特定の疾患の予後を論じるものではありませんが、「脳可塑性の原理」という観点から、脳卒中後の長期的なゴール設定に示唆を与えます。
従来の機能的ゴールは「〇〇ができる」という二値的評価になりがちです。しかし神経効率の観点からは、「〇〇を楽にできる」「〇〇しながら会話できる」という質的向上こそがゴールの核心です。
臨床では「10m歩行が可能」より「10m歩行しながら家族と話せる」「段差を越えながら荷物が持てる」をゴールに設定することで、神経効率の向上を患者さんにとって意味のある形で評価できます。
よくある質問。
fMRIで測定した内側壁運動野の活性voxel数とT値が、プロ選手・特にネイマールで全被験者中最小でした。
これは運動中に必要な神経発火が少ない、すなわち少ない酸素消費で同じ動作を実現できる「効率的な運動制御」を意味します。
本研究は観察研究のため直接の因果関係は示せませんが、「多様な姿勢戦略と十分な反復量を組み合わせることで中枢神経系の可塑的変化をもたらせる可能性がある」という示唆が得られます。
臨床では1種類の動作パターンに固執せず、多様な難易度・環境で課題を繰り返す設計が推奨されます。
成人脳においても可塑性は認められます。手の運動スキルを頻回に練習すると、数日から数週でM1(一次運動野)領域が拡張することがfMRI研究で示されています。
リハビリ介入期間中でも変化が起こりうる根拠になります。
神経活動には酸素(オキシヘモグロビン)の消費が伴います。運動野のシナプス伝達効率が高まると、少ない酸素消費で同一の運動出力が得られます。
その結果、余剰の血流・酸素が前頭前野などの高次認知領域に配分でき、注意・判断・予測などの高次機能が向上すると考えられます。
voxel数(活性化された脳領域の体積)とT値(活動強度)の両方で、ネイマールが全被験者中最小値を示しました。
3試行目に足関節運動を大きくするよう指示しても脳活動は増加せず、動作量に依存しない高い効率性が確認されました。これはピアニストやドラマーの熟練者に関する先行研究とも一致します。
本研究は量の明確な閾値を示していませんが、「中枢神経系の可塑的変化にはある程度の量が必要」と考察されています。
先行文献では脳卒中後の課題指向型訓練として1セッション45〜60分・週3〜5回の設計が多く用いられています。セッション内のみでなく生活動作レベルでの反復を確保する環境設定が重要です。
STROKE LABのプログラム。
STROKE LABは、脳神経科学に特化した自費リハビリ施設です。「脳の可塑性」という視点から、ご本人の状態を丁寧に評価し、多様な課題設計によって動作の質を根本から変えるアプローチを行っています。
— STROKE LABでの脳卒中リハビリの実際の様子です。
「ネイマール研究を初めて読んだとき、私は患者さんに『正しい動き方を繰り返させる』ことばかり意識していた。でも本当に大事だったのは、多様な状況で動ける力をつけることだと気づかされた。その日から治療の設計が変わりました。」— 作業療法士・臨床歴12年・脳卒中リハビリ専門
「プロアスリートの研究は、ヒトが本来持っている可塑性の上限を見せてくれる。その上限に少しでも近づけることが、私たちセラピストの仕事だと思っています。だから脳科学論文を読むことは、臨床の質を直接高めることにつながる。」— 理学療法士・臨床歴18年・神経リハビリ領域
あわせて読みたい:STROKE LAB 論文サマリー 一覧
諦めないでください。

「脳は年齢を問わず変化し続ける」——これは研究が証明してきた事実です。脳卒中後の長い道のりの中で、あきらめかけている方やご家族の方にこそ、この事実を知ってほしいと思います。
STROKE LABでは、脳神経科学の知見をもとに一人ひとりの状態・目標・生活に合わせた個別プログラムを設計します。「同じことの繰り返し」ではなく、脳が変化しやすい環境を整えることを大切にしています。
まずは無料相談で、現在の状況をお聞かせください。どんな小さな悩みでも、一緒に考えます。
代表取締役 金子 唯史
参考文献。

1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024) パーキンソン病の機能促進:医学書院 (2025)