【2025年版】海馬の解剖とリハビリテーション:記憶と空間認識の回復ガイド!
海馬とは?解剖・機能・記憶の仕組み・病態・リハビリ介入まで徹底解説
【リハビリテーションのための臨床脳科学シリーズ】
本記事では、記憶・空間認知・感情の中枢として知られる海馬(Hippocampus)について、解剖学的位置・血液供給・神経回路から、記憶の種類・アルツハイマー病・PTSD・てんかんとの関係、そしてリハビリ臨床への応用(VRトレーニング・認知リハビリ・視覚的手がかり)まで体系的に解説します。「海馬前部と後部の機能の違いは?」「アルツハイマー病で最初に萎縮するのはなぜ海馬?」「脳卒中後の記憶障害にどうアプローチする?」など、臨床家の疑問にすべてお答えします。
海馬の解剖・機能・臨床応用を動画で学べます(STROKE LAB 臨床脳科学シリーズ)
海馬(Hippocampus)は内側側頭葉深部に位置する、記憶形成・空間ナビゲーション・感情処理の中核を担う脳構造です。ギリシャ語で「タツノオトシゴ」を意味するその名の通り、湾曲した特徴的な形状を持ちます。後大脳動脈(PCA)の海馬枝によって血液供給を受け、嗅内皮質→歯状回→CA3→CA1の三シナプス回路を通じて記憶を処理します。アルツハイマー病・PTSD・側頭葉てんかん・統合失調症など多様な疾患と深く関わり、リハビリ専門家にとって必須の知識です。
- 正式名称・別名:Hippocampus(海馬)。ギリシャ語で「タツノオトシゴ」。アンモン角(Cornu Ammonis)とも呼ばれる
- 位置:内側側頭葉深部。海馬傍回の内部に埋め込まれ、側脳室下角の床を形成
- 構成:海馬形成体(アンモン角CA1-CA4・歯状回・海馬台)で構成。頭部・体部・尾部の3部位
- 血液供給:主に後大脳動脈(PCA)の海馬枝(前方枝・中央枝・後方枝)。前交通動脈も一部を担う
- 主要機能:①エピソード・文脈記憶の符号化と検索 ②空間ナビゲーション(認知マップ) ③感情的記憶(扁桃体と協調)
- 三シナプス回路:嗅内皮質→(穿孔線維)→歯状回→(苔状線維)→CA3→(シェーファー側枝)→CA1→嗅内皮質
- 海馬前部:感情記憶・連想記憶・ストレス反応(視床下部接続)。扁桃体と密接に連携
- 海馬後部:空間記憶・ナビゲーション・詳細な文脈処理。タクシー運転手で後部海馬が肥大することで有名
- 主な関連病態:アルツハイマー病(最早期に萎縮)・側頭葉てんかん(海馬硬化症)・PTSD(海馬縮小)・統合失調症(ネットワーク変性)
- 画像評価:冠状断MRIで左右の海馬体積を比較。内嗅皮質容積との比(ERC-H比)はアルツハイマー早期検出に有用
- リハビリ応用:VRによる空間認知訓練・認知リハビリ(エラーレスラーニング・間隔反復法)・一貫したルーチン・視覚的手がかり
- 臨床観察ポイント:新情報の定着困難・同じ質問の繰り返し・空間見当識障害・嗅覚変化・突然の気分変化
海馬とは ― 解剖学的位置・構造・隣接部位
海馬(Hippocampus)は内側側頭葉の深部に位置し、脳の皮質表面からは直接見えない埋め込まれた構造です。その特徴的な湾曲した形状が「タツノオトシゴ」に似ていることから、ギリシャ語に由来するこの名前がつけられました。冠状断MRIでは側脳室下角の床を形成する弓状の構造として明確に同定できます。

▲ 海馬の解剖学的位置。内側側頭葉深部に位置し、タツノオトシゴに似た湾曲した形状を持つ
扁桃体と密接に接続
ストレス反応の調節
空間記憶の統合
文脈記憶の形成
詳細な文脈処理
認知マップの形成
→
→
→
→
(三シナプス回路)
海馬を構成する主要構造と隣接部位
| 構造名 | 説明・機能 | 臨床的重要性 |
|---|---|---|
| 海馬形成体(Hippocampal Formation) | ||
| アンモン角(CA1〜CA4) | 海馬の主要な神経細胞層。CA1は虚血に最も脆弱(選択的脆弱性)。CA3はパターン完成(記憶想起)に関与 | 低酸素・虚血でCA1が最初に障害される |
| 歯状回(Dentate Gyrus) | 成人でも神経新生が起きる数少ない部位。新しい記憶の分離・符号化に関与 | 運動・環境エンリッチメントで神経新生促進 |
| 海馬台(Subiculum) | 海馬と嗅内皮質の出力ゲート。海馬の主要出力路の一つ | アルツハイマー病で早期に障害される |
| 隣接構造 | ||
| 扁桃体(Amygdala) | 海馬の前方に位置。感情処理・恐怖記憶の中心。海馬と協調して感情的記憶を形成 | PTSD・恐怖条件づけ・感情的記憶に必須 |
| 嗅内皮質(Entorhinal Cortex) | 海馬への主要入力源。大脳皮質全体の情報が集約されて海馬に送られる | アルツハイマー病の最早期病変部位 |
| 海馬傍回(Parahippocampal Gyrus) | 海馬のすぐ下に隣接。場所・情景の認識(PHC)に関与 | 空間記憶・情景記憶の重要な補助構造 |
| 側脳室下角(Temporal Horn) | 海馬に隣接する脳室。MRIで海馬を同定する際の重要なランドマーク | 海馬萎縮時に側脳室が拡大する |

▲ 海馬・扁桃体・帯状回・海馬傍回など大脳辺縁系全体の解剖学的関係
海馬の血液供給と神経回路 ― 虚血への脆弱性を理解する
動脈供給:後大脳動脈(PCA)が主役
💉 海馬の血液供給の臨床的重要性
海馬は主に後大脳動脈(PCA)の海馬枝によって供給されます。PCA閉塞(後方循環梗塞)では同側の海馬が虚血に陥り、急性健忘症候群を引き起こします。また心停止・重篤な低血圧などの全般的な低酸素状態でも、CA1ニューロンが選択的に障害されます(選択的脆弱性)。
前方循環系では前脈絡叢動脈(AChA)が海馬前部・海馬台の一部に関与します。また前交通動脈(ACoA)動脈瘤破裂後に記憶障害が生じるケースがありますが、これは海馬への直接的な血流障害というよりも、AChA領域の虚血や基底前脳(Meynert核・中隔核)への血流障害が主因とされています。ACoA動脈瘤手術後の健忘は、この基底前脳コリン作動性経路の障害として理解するのが正確です。

▲ 後大脳動脈(PCA)から分岐する海馬枝(前方枝・中央枝・後方枝)
| 動脈枝 | 供給部位 | 閉塞時の症状 |
|---|---|---|
| 海馬前方枝(PCA分枝) | 海馬頭部 | 感情的記憶の障害・連想記憶の障害 |
| 海馬中央枝(PCA分枝) | 海馬体部 | エピソード記憶の符号化障害(新しいことを覚えられない) |
| 海馬後方枝(PCA分枝) | 海馬尾部 | 空間記憶障害・ナビゲーション困難 |
| 前脈絡叢動脈(AChA) | 海馬前部・海馬台(一部) | AChA梗塞による記憶障害。ACoA動脈瘤破裂後健忘は主に基底前脳障害による |
三シナプス回路 ― 海馬の情報処理ルート
海馬の情報処理は「三シナプス回路」と呼ばれる特徴的な回路で行われます。各シナプスは異なる記憶機能を担っており、どの部位が障害されるかによって記憶障害のパターンが変わります。

▲ 嗅内皮質から穿孔線維を通じた海馬への主要入力経路
① 穿孔線維(Perforant Path)
嗅内皮質から歯状回への入力。大脳皮質全体の処理済み情報が海馬に「穿孔」するように届く。アルツハイマー病で最早期に障害される経路
② 苔状線維(Mossy Fibers)
歯状回からCA3への投射。新しい記憶の「パターン分離(Pattern Separation)」に関与。類似した記憶を異なるとして識別する
③ シェーファー側枝(Schaffer Collaterals)
CA3からCA1への投射。「パターン完成(Pattern Completion)」に関与。断片的な手がかりから完全な記憶を想起させる

▲ 海馬の三シナプス回路:歯状回→CA3→CA1→嗅内皮質のフロー

▲ 脳弓(Fornix)を通じた海馬から乳頭体・中隔核への出力経路
海馬前部・後部の機能分化 ― リハビリ計画に直結する知識
海馬前部(Anterior Hippocampus)
主な機能:
感情の処理と感情的な記憶の形成
連想記憶・文脈記憶(「誰と」「何を感じたか」)
視床下部との接続によるストレス・HPA軸の調節
扁桃体との密接な連携による恐怖記憶
海馬後部(Posterior Hippocampus)
主な機能:
空間記憶と環境内でのナビゲーション
認知マップ(cognitive map)の形成
詳細な記憶の想起・文脈的詳細の処理
「どこで」「どのように」に関する情報

▲ 海馬前部:感情記憶・連想記憶・ストレス反応との関連

▲ 海馬後部:空間ナビゲーション・認知マップ形成との関連
⚠️ リハビリ現場での前部・後部の鑑別の重要性
脳卒中後の記憶障害の評価では、「何が覚えられないのか」の詳細な分析が介入計画に直結します。前部海馬の障害が主であれば感情的文脈の記憶(「嬉しかったこと・怖かったこと」)が残りやすく、後部海馬の障害が主であれば病棟内の迷子・自宅の間取りの混乱が生じます。病変の局在をMRI所見と照らし合わせ、介入の優先順位(感情的文脈の活用 vs 環境構造化)を決めることが重要です。
記憶の種類と海馬の役割 ― 3タイプの特性を理解する
| 特性 | 作業記憶(Working Memory) | 短期記憶(Short-term Memory) | 長期記憶(Long-term Memory) |
|---|---|---|---|
| 定義 | 情報を一時的に保持しながら操作する能力 | 少量の情報を短時間保持する能力 | 情報を長期にわたり貯蔵する能力 |
| 持続時間 | 数秒〜1分(積極的処理中) | 数秒〜30秒 | 数分〜一生 |
| 容量 | 限定的(処理しながら保持) | 約5〜9項目(マジカルナンバー7±2) | ほぼ無限 |
| 主な脳領域 | 前頭前野(PFC)・頭頂葉 | 前頭前野・海馬(移行に関与) | 海馬・大脳皮質・扁桃体・小脳 |
| 忘却 | 注意が逸れると即時消失 | 置換・減衰により迅速に消失 | 主に想起失敗(減衰ではない) |
| 海馬の役割 | 間接的(前頭前野が主役) | 長期記憶への転送ゲート | 符号化・索引付け・固定化の中心 |
| バスケットの例 | ドリブルしながら味方の位置を計算 | タイムアウト中のコーチの指示を記憶 | 長年の練習で習得したシュートフォーム |

▲ 作業記憶:前頭前野(PFC)が中心となり、頭頂葉と連携して情報を保持・操作する
なぜ「眠ると記憶が定着する」のか
海馬は新しく経験した情報を「一時的なインデックス」として保持し、睡眠中(特にノンレム睡眠時)に大脳皮質へ転送・固定化(consolidation)します。この過程で海馬と前頭前野・側頭連合野の「対話(replay)」が繰り返されます。脳卒中後の記憶障害患者では十分な睡眠環境の確保がリハビリ効果を高める根拠の一つです。また、記憶の固定化はデフォルトモードネットワーク(DMN)とも密接に関連しています。

▲ 長期記憶の固定化:海馬→大脳皮質への段階的転送プロセス
海馬に関連する主な病態・疾患
アルツハイマー病(Alzheimer’s Disease)― 海馬萎縮が最初のサイン
アルツハイマー病ではタウ蛋白の異常凝集(神経原線維変化)が嗅内皮質から始まり、海馬→新皮質へと広がります(Braak staging)。このため最初の症状は「新しいことが覚えられない(前向性健忘)」であり、古い記憶や手続き記憶は初期には比較的保たれます。MRIでの海馬体積測定は早期診断・鑑別診断のゴールドスタンダードの一つです。
側頭葉てんかん(Temporal Lobe Epilepsy:TLE)― 海馬硬化症
側頭葉てんかんの最多原因の一つが海馬硬化症(Hippocampal Sclerosis)です。繰り返す熱性けいれん・低酸素・外傷などが引き金となり、CA1領域のニューロンが選択的に脱落・グリオーシスが起こります。発作は内側側頭葉から始まり、複雑部分発作(意識が朦朧とした状態での自動症)として現れます。薬剤抵抗性の場合は前頭側頭葉切除術(前部海馬切除)が行われます。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)― 海馬縮小と記憶処理の障害
PTSDでは慢性的なストレス(高コルチゾール血症)が海馬の神経新生を抑制し、体積縮小をもたらします。また、前部海馬と扁桃体の過活動によって外傷的記憶のフラッシュバック・侵入的想起が起こります。海馬の文脈処理(「今は安全だ」という認識)が障害されることで、過去の外傷体験が「今ここで起きているかのように」感じられる状態になります。

▲ PTSD患者では健常者に比べ海馬体積の縮小が確認されている(MRI比較研究)
統合失調症(Schizophrenia)― 海馬ネットワークのモジュール性低下
安静状態fMRIを用いた研究(Sandhu et al. 2019)では、統合失調症患者は健常者に比べて海馬ネットワークのモジュール性(機能的分離の程度)が低下していることが示されました。特に後部海馬でこの変化が顕著で、情報処理の効率低下が連想記憶の障害と関連していました。これは「違うはずの記憶同士が混同される」という臨床症状(妄想的連想)の神経基盤を部分的に説明します。

▲ 統合失調症患者の安静時fMRI:後部海馬のネットワークモジュール性の低下(Sandhu et al. 2019)
海馬の画像読解ポイント ― MRI・CT評価の実際
🖥️ MRIでの海馬同定の3ステップ
① 冠状断(Coronal)スライスを使用:冠状断T1強調像が海馬の形態評価に最も適しています。乳頭体のスライスから数枚後ろ(後方)に進むと海馬が最も大きく見えます。
② ランドマークを確認:側脳室下角(海馬の上に隣接)・扁桃体(海馬の前方・上方)・海馬傍回(海馬の下方)を確認してから海馬本体を同定します。
③ 左右を比較:正常では左右ほぼ対称。一側の萎縮(てんかん・梗塞)は左右差として明確に現れます。アルツハイマー病では両側性・進行性の萎縮が特徴です。

▲ 冠状断MRIで海馬を同定する。内側側頭葉・側脳室下角・扁桃体をランドマークとして使用

▲ 海馬のS字型湾曲と隣接する側脳室下角・海馬傍回をランドマークとして活用

▲ 水平断(軸位断)では海馬は楕円形または丸く見える。海馬前部から後部への形態変化を観察できる
| 疾患 | MRI所見 | 推奨スライス | 定量的評価 |
|---|---|---|---|
| アルツハイマー病 | 両側海馬の萎縮・側脳室下角の拡大・T1での信号低下 | 冠状断T1 | 海馬体積測定(vMRI)・Scheltens scoreなど |
| 側頭葉てんかん(海馬硬化症) | 患側の海馬萎縮・T2/FLAIR高信号・内部構造の消失 | 冠状断T2/FLAIR | 海馬体積の左右比 |
| 急性海馬梗塞(PCA梗塞) | DWI高信号(急性期)・T2高信号(亜急性〜慢性期) | DWI+T2 | 梗塞体積・NIHSS後方循環症状 |
| PTSD・うつ病 | 海馬体積の縮小(特に前部)。正常範囲内のこともある | 冠状断T1(高解像度) | 海馬体積の標準偏差比較 |

▲ MRIで海馬を同定する際の解剖学的ランドマーク:扁桃体・海馬傍回・側脳室
海馬障害に対するリハビリテーション ― エビデンスに基づく介入
観察ポイント ― 海馬障害を示す4つのサイン
📝 記憶障害
新しい情報や出来事をすぐに忘れる。同じ質問を繰り返す。数分前のことが思い出せない(前向性健忘)。リハビリの課題説明を毎回初めて聞くような反応
🗺️ 空間見当識障害
病棟内で迷子になる。自室・トイレの場所がわからなくなる。自宅に帰っても間取りが思い出せない。後部海馬の障害を示すサイン
😰 行動・感情変化
突然の不安・気分の変動。慣れた状況でも不安が強い。感情的な記憶の処理困難。前部海馬・扁桃体の障害を示す
👃 嗅覚の変化
慣れた匂いへの反応低下。嗅覚低下(嗅内皮質・海馬連絡の障害)。アルツハイマー病の早期サインとして嗅覚低下が知られる

▲ 記憶障害の観察ポイント:新情報の定着不良・繰り返す質問・空間見当識障害に注目する
4つのリハビリテーション介入
認知リハビリテーション ― エラーレスラーニング・間隔反復法
記憶力・注意力の向上を目的とした演習を系統的に実施。エラーレスラーニング(誤りなし学習)は海馬依存性の学習を必要としない手続き記憶・プライミングを活用するため、海馬障害患者でも効果的。間隔反復法(Spaced Retrieval)は徐々に間隔を延ばして情報を反復提示することで、残存する長期記憶システムを強化する。例:写真を見た後に詳細を思い出す練習、名前と顔の一致練習

VR(仮想現実)トレーニング ― 空間認知と記憶の強化
VRを使用して現実世界のシナリオを安全に練習。仮想ショッピングモール・仮想自宅内のナビゲーションなどのタスクで海馬後部を中心とした空間記憶を刺激。軽度認知障害(MCI)高齢者を対象とした研究(2022, Frontiers in Aging Neuroscience)では、VRベースの空間認知トレーニングにより空間認知とエピソード記憶が有意に改善したことが報告されています。現在、日本の回復期リハ施設でもVRリハビリの導入が進んでいます。

一貫した毎日のルーチン ― 手続き記憶への移行を促す
規則的なスケジュールの固定は、海馬を必要としない手続き記憶・習慣記憶システム(基底核・小脳)に情報を移行させることで記憶負担を軽減します。毎日決まった時間に決まった順序でタスクを実行することで、「考えなくてもできる」状態を作る。例:起床→洗面→着替えの順序を固定し、視覚的スケジュール表で確認できる環境を整備。

視覚的手がかり ― 外部記憶の活用
カラーコード・ピクトグラム・ネームプレートなどの外部記憶補助(External Memory Aids)を環境に配置することで、海馬への依存を減らします。部屋の入り口に写真付きネームプレート・薬の服用カレンダー・重要物品の定位置マーキングなどが有効。作業療法士(OT)が環境調整の専門家として中心的な役割を担います。

⚠️ 新人セラピストが陥りやすいポイント
記憶障害のある患者は以前の説明・指導を覚えていないことが多く、「昨日も同じことを説明しました」という対応は治療関係を損ないます。毎回同じ情報を一貫した形式で提供し、電子カルテ・申し送りノートに詳細を記録することが重要です。また「新しい動作やリハビリ課題の習得に困難がある」ことを見越して、エラーレスラーニング・多感覚フィードバック(触覚・視覚・言語)の組み合わせで学習を促進してください。

臨床ケーススタディ ― 海馬障害患者へのリハビリ展開
📋 症例:石川さん(70歳・男性)脳卒中後1ヶ月・記憶障害を主訴
左後大脳動脈(PCA)梗塞により左海馬〜海馬傍回を含む内側側頭葉梗塞を発症。急性期の治療を終え回復期リハビリ病院に転院。「新しいことが覚えられない」「病棟で迷子になる」を主訴に入院。担当療法士・田中先生によるリハビリを開始。
セッション1:評価と課題の特定
リハビリ目標の設定と介入計画
短期目標(2週間):病棟内の動線を3つ覚える
自室→ナースステーション・自室→トイレ・自室→食堂の3ルートを、視覚的手がかり(カラーテープ・写真付きサイン)と反復歩行で習得。エラーレスラーニングを用いて誤りを防ぎながら練習を積む
中期目標(1ヶ月):買い物リスト3品目を記憶して実行
VRシステムを用いた仮想スーパーでの買い物練習。最初は1〜2品目から始め、視覚カードと組み合わせながら徐々に項目数を増やす。間隔反復法で記憶定着を促進
長期目標(退院後3ヶ月):自宅での独居または安全な家族介助のもとでのADL確立
家族と連携してホームプログラムを設計。一貫したルーチン表・視覚補助ツールの導入。STROKE LABでの外来リハビリで継続的にモニタリング
「最初は不安でしたが、田中先生が毎回同じ順番で説明してくれて、病棟に目印もつけてくれたおかげで、少しずつ覚えられるようになってきました。VRの買い物練習は最初は戸惑いましたが、2回目には自信を持ってできました。これなら退院後の生活もやっていけそうです。」
石川さん(70代男性)・左PCA梗塞後 左海馬梗塞・リハビリ開始1ヶ月後
確認テスト(Q&A) ― 知識を整理する10の質問
📝 海馬の理解を確認する10問
- 海馬は脳のどこに位置し、記憶・空間ナビゲーションにおける主な機能は何ですか?
- 海馬への主要な動脈供給は何ですか?また閉塞時の症状は?
- 三シナプス回路とは何ですか?各シナプスの役割を説明してください
- 統合失調症患者の海馬ネットワークはどのように変化し、記憶にどう影響しますか?
- アルツハイマー病で海馬が最早期に萎縮する理由を解剖学的に説明してください
- 側頭葉てんかんとPTSDそれぞれで海馬に見られる変化を説明してください
- 作業記憶・短期記憶・長期記憶の特性を対比し、バスケットボールの例で説明してください
- MRIで海馬を評価する際の重要な観察ポイントと有用な断面を説明してください
- VRを含む認知リハビリテーションの技術を3つ以上挙げ、その根拠を述べてください
- 記憶障害患者のリハビリで新人が陥りやすいミスと、その対処法を述べてください
✅ 解答の要点
- 内側側頭葉深部に位置。エピソード・文脈記憶の符号化と検索、空間ナビゲーション(認知マップ)、感情記憶の形成が主要機能
- 主に後大脳動脈(PCA)の海馬枝(前方・中央・後方枝)。閉塞時は急性健忘症候群・空間認知障害。全般的低酸素でCA1が選択的に障害される
- 三シナプス回路:①嗅内皮質→歯状回(穿孔線維:パターン分離)②歯状回→CA3(苔状線維)③CA3→CA1(シェーファー側枝:パターン完成)→嗅内皮質へのフィードバック
- 安静時fMRIで海馬ネットワークのモジュール性が低下(特に後部)。情報処理の分化が損なわれ、連想記憶の障害と妄想的連想が生じる(Sandhu et al. 2019)
- タウ蛋白の異常凝集がBraak staging I-IIで嗅内皮質→海馬から始まるため。嗅内皮質は海馬への主要入力源であり、ここが障害されると記憶の入口が遮断される
- TLE:CA1のニューロン選択的消失と神経膠増殖(海馬硬化症)。PTSD:慢性コルチゾール過剰による神経新生抑制と前部海馬の体積縮小
- 作業記憶(PFC主体・ドリブル中の意思決定)、短期記憶(タイムアウト中の戦術記憶・数秒〜30秒)、長期記憶(海馬主体・繰り返し練習で得たスキル)
- 冠状断T1/T2MRI。海馬の特徴的なS字型湾曲・側脳室下角・扁桃体・海馬傍回をランドマークとして同定し、左右の体積を比較する
- ①エラーレスラーニング(海馬非依存的学習の促進)②間隔反復法(残存長期記憶の活用)③VR空間認知トレーニング(後部海馬刺激)④一貫したルーチン(手続き記憶への移行)⑤視覚的手がかり(外部記憶補助)
- 「以前説明した」という前提で話すこと。毎回一貫した情報を提供し、カルテ・申し送りに詳細を記録。エラーレスラーニングを活用し誤りを防ぎながら反復する
よくある質問(FAQ)
海馬が損傷すると必ず記憶障害が起きますか?
脳卒中後の記憶障害はどれくらい回復しますか?
アルツハイマー病と脳卒中後の記憶障害はどう見分けますか?
海馬の神経新生を促進するにはどうすればいいですか?
促進要因:①有酸素運動(ランニング・水泳)が最も有力な促進因子。BDNF(脳由来神経栄養因子)を増加させる ②豊かな認知環境(新しいことへの挑戦・社会的交流)③十分な睡眠(記憶の固定化に必須)④ストレス管理(コルチゾールの適正化)。
抑制要因:慢性ストレス・慢性アルコール摂取・睡眠不足・社会的孤立。リハビリの観点では、毎日20〜30分の有酸素運動の組み込みが記憶障害患者でも推奨されます。
若年脳卒中後の記憶障害 ― 復職・復学は可能ですか?
参考文献・引用文献
- 1) Squire LR, Stark CE, Clark RE. The medial temporal lobe. Annu Rev Neurosci. 2004;27:279-306.
- 2) Maguire EA, Gadian DG, Johnsrude IS, et al. Navigation-related structural change in the hippocampi of taxi drivers. Proc Natl Acad Sci USA. 2000;97(8):4398-4403. 【タクシー運転手の後部海馬肥大の古典的研究】
- 3) Braak H, Braak E. Neuropathological stageing of Alzheimer-related changes. Acta Neuropathol. 1991;82(4):239-259.
- 4) Sandhu MRS, et al. Hippocampal network modularity is associated with relational memory dysfunction in schizophrenia. Neuropsychopharmacology. 2019;44(4):622-632. PubMed PMID: 29653904
- 5) Hsieh JW, et al. Effects of virtual reality-based spatial cognitive training on hippocampal function of older adults with mild cognitive impairment. Front Aging Neurosci. 2021;13:639504. PubMed PMID: 32616109(※著者表記は原著を参照のこと)
- 6) Wilson BA, et al. Neuropsychological Rehabilitation: Theory, Models, Therapy and Outcome. Cambridge University Press. 2009.
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- 9) Bremner JD. Traumatic stress: effects on the brain. Dialogues Clin Neurosci. 2006;8(4):445-461.
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- 10b) Sorrells SF, et al. Human hippocampal neurogenesis drops sharply in children to undetectable levels in adults. Nature. 2018;555(7696):377-381. 【ヒト成人海馬神経新生に否定的なエビデンス】
- 10c) Boldrini M, et al. Human hippocampal neurogenesis persists throughout aging. Cell Stem Cell. 2018;22(4):589-599. 【ヒト成人海馬神経新生に肯定的なエビデンス。論争中】
- 11) 金子唯史. 「脳の機能解剖とリハビリテーション」. 医学書院. 2024年秋発刊予定. 【本記事の主要参照書籍】
関連動画一覧(STROKE LAB 臨床脳科学シリーズ)
海馬の解剖・記憶・臨床応用シリーズの全動画はこちらから。
「脳の機能解剖とリハビリテーション」
― STROKE LABで体系的に学ぶ
海馬をはじめとする脳機能の解剖学的理解から、根拠に基づいた介入計画まで。
急性期から退院後まで一貫したリハビリのサポートを行います。

1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024) パーキンソン病の機能促進:医学書院 (2025)