vol.403:皮質脊髄路における体幹筋の神経学的結合の存在 脳卒中/脳梗塞のリハビリ論文サマリー
目次
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カテゴリー
神経系
タイトル
皮質脊髄路における体幹筋の神経学的結合の存在
Evidence for existence of trunk-limb neural interaction in the corticospinal pathway. Neuroscience Letters 668:31-36. Atsushi Sasaki, Matija Milosevic, Hirofumi Sekiguchi, Kimitaka Nakazawa (2018)
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
・2000年頃からヒトの運動制御における体幹筋の重要性が提唱されてきたが、その制御機構は完全には解明されていない。
・体幹筋は、網様体脊髄路などの腹内側系システムによる制御機能の関与が示唆されているが、一方で一次運動野のホムンクルスに着目すると、下肢支配領域と上肢支配領域の中間に位置している。これは機能的には何を示唆しているのであろうか。
・本論文では、一次運動野における”remote effect”に着目し、一次運動野における体幹筋のremote effectを初めて明らかにした論文である。
・一次運動野の機能局在に着目して体幹筋の特徴を理解することは、ハンドリングや運動療法に応用可能な示唆を与えるが、この考えは浸透していない。単純な実験系であるが、療法士に重要な示唆を与えると考えたため、この論文についてまとめてみたい。
内 容
概 要
・経頭蓋刺激法(TMS)を用いて一次運動野を刺激し、末梢筋に貼付した筋電図より振幅(MEP; motor evoked potential)を記録することで、その振幅の大きさや潜時から、皮質脊髄路の興奮性を評価することができる。
・例えば、安静状態であっても、筋収縮をイメージするだけでMEPは上昇する。つまり運動は伴わなくともイメージにより皮質脊髄路の興奮性は増大する。これが、運動イメージが有効であると言われる由縁の一つである。
・このTMS法を用いて、上下肢間の神経学的結合を明らかにする研究が複数行われている。例えば、下肢筋を収縮させると上肢筋のMEPが上昇し、他にも、咬筋を収縮させるだけでも上肢筋のMEPは上昇する。ジェンドラシック手技はまさしくこの原理を利用しており、膝蓋腱反射を増大させたいときには、咬筋や上肢筋の収縮により、安静中であるはずの下肢筋の皮質脊髄路興奮性が増大し、反射が更新する。この背景には、一次運動野内である局所の興奮が生じると、隣接領域にも波及し、その領域の皮質脊髄路の興奮性に影響を与える。この作用を”remote effect”と呼ぶ。
・本研究では、体幹筋のremote effectを明らかにした。すなわち、「体幹筋の収縮中に上肢や下肢筋のMEPが上昇するか」、という点を調べた。またこの効果量を比較するため、上肢や下肢筋、咬筋収縮時にも同じような効果があるか検討した。
・結果は、体幹筋の収縮は、安静時の上肢や下肢のMEPを上昇させた。また、上肢筋の収縮は体幹筋のMEPを上昇させた。これらのことから、体幹筋は一次運動野内において四肢に興奮を伝播させやすい性質を持ち、特に上肢-体幹間で相互作用が生じやすい関係がある。
・これらのことから、四肢の筋を鍛える際に体幹筋との連動が重要であること、体幹を鍛える際に上肢筋の収縮を伴うことが重要であることが、神経学的に示唆されたと考えられる。
目 的
・体幹筋は一次運動野内において、上下肢との神経学的な結合(興奮の伝播のしやすさ)を有するか明らかにすること。
方 法
●対象:11人の健常者群(24.2 ± 3.2 歳)を対象とした。
●姿勢:安静座位
●対象筋:①rectus abdominis (RA; trunk muscle) ②flexor digitorum superficialis (FDS; hand muscle) ③masseter (MS; jaw muscle) ④tibialis anterior (TA; leg muscle).
●手順:まず各筋のMVCを計測し、各筋の30%MVCを算出した。測定条件は、安静時および①~④の筋をそれぞれ30%MVCラインに合わせるよう収縮させるよう指示を与えた。刺激強度は閾値(MT) を算出し、その1.2MT, 1.4MT,1.6MTとした。各筋のMEPはこの3強度の平均値を算出した。
結 果
1.6MT刺激時の波形例を以下に示す。
体幹筋収縮時に、FDSおよびTAのMEPが上昇していることが分かる。
また、上肢筋収縮時にRAおよびTAのMEPがわずかに上昇していることが分かる。
・また、筋毎にremote effectのかかりやすさを可視化すると、体幹筋自体は他の筋の収縮中に振幅は増大せず、remote effectはかからないことが分かる。
・一方、上肢筋や下肢筋はremote effectがかかりやすいが、体幹筋収縮時にその効果が最も大きいことが明らかとなった。
考 察
●remote effectの背景にある体幹筋の神経学的制御機構
・TMSのみを用いた実験系のみでは、一次運動野内の領域間の関係は明らかにできるものの、どのような経路をたどってremote effectが生じているか断定はできない。
・特に体幹筋は、皮質脊髄路と、皮質下領域へ投射し脳幹を下降する経路と大きく二つに二分される。この2つは最終的に脊髄を伝わり、αmotor neuron pool を賦活させる。今回の結果にどちらの作用が大きかったのかを推定することはできない。(補足であるが、これを断定するためには頚髄へのTMSにより、皮質下領域からのαmotor neuron poolへの投射によるMEPの大きさを計測する必要がある。)
・つまり詳細なメカニズムの解明にまでは至らなかったが、四肢の筋を含め、一次運動野内での賦活パターンの組み合わせにより、他の筋の皮質脊髄路興奮性を変調できたことは臨床的にも重要な結果であると考えらる。
私見・明日への臨床アイデア
・今回の知見は、運動連鎖の重要性を神経学的に示唆したものと考えられる。例えば立ち上がり時に骨盤前傾を誘導し体幹筋の活動を高めることで動作が行いやすくなるが、この神経学的な一因として、体幹筋の収縮により下肢筋の皮質脊髄路興奮性が高まり、出力がしやすくなることが考えられる。
・また、スポーツ場面でも体幹筋が持続的に安定していると、上下肢のパフォーマンスも向上することが知られている。運動療法やハンドリングへ応用するには療法士の技術が問われるところであるが、例えば上肢のプレーシング行い、骨盤のtiltingにより体幹筋の賦活を行う。その状態で立ち上がりや歩行の運動を行うと、効率よく運動が行えることが考えられる。
・逆に脳卒中者や高齢者では皮質脊髄路の損傷や機能低下により、間接的に一次運動野内の連関にも影響を及ぼすことが考えられる。このような脳状態を推測しながら介入できれば、まさしく療法士の強みではないだろうか。
氏名 中西 智也
職種 理学療法士
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1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 4万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018)