記憶障害とは|『覚えられない』のしくみと補い方の全体像 高次脳機能障害
覚えられないなら、外に置けばいい。
さっきのことを忘れる、同じことを何度も聞く、約束を覚えられない。脳卒中やケガのあとのその変化は、記憶障害かもしれません。大切なのは、記憶を治そうとするより、覚えることを頭の外に置いて補うという発想です。記憶の3つの種類と、外に置いて支える方法を整理します。

何度も同じことを、聞かれて。
病院の予定を、5分と経たずに何度も確認される。昨日一緒に出かけたことを、覚えていない。約束したはずのことが、すっぽり抜けている。答えるたびに、つい「さっき言ったでしょ」と口にしてしまい、あとで自分を責める——。そんな毎日に、家族は静かにすり減っていきます。
でも、本人は忘れているのではありません。聞いたこと自体が、頭に残らないのです。だから毎回が、本人にとっては初めての質問なのです。
記憶障害は、高次脳機能障害の中でもよくみられる症状です。特徴は、新しいことを覚える力が弱くなる一方で、昔のことや体で覚えた動作は保たれやすいことです。だからこそ、覚える努力を重ねるより、覚えることを外に預ける工夫が効きます。全体像は高次脳機能障害の完全ガイドに、認知症との違いは後半で触れます。この記事では、記憶の種類と、外に置いて補う方法に絞って解説します。
記憶を、3つの種類で捉える。
「記憶障害」とひと言でいっても、困る場面はさまざまです。家庭で気づきやすいのは、覚えられない・思い出せない・予定を忘れるの3つです。どれが強いかで、補い方が変わります。
| 3つの種類 | 家庭で気づきやすいサイン |
|---|---|
| 覚えられない(新しいこと) | さっきのことを忘れる、同じことを何度も聞く、昨日の出来事が抜ける |
| 思い出せない(昔のこと) | 発症より前の出来事が抜ける、人や物の名前が出てこない |
| 予定を忘れる(これからのこと) | 薬を飲み忘れる、約束に行けない、やろうとしたことを忘れる |
この中で、生活にもっとも響くのが予定を忘れることです。これは、これからやることを覚えておく記憶(展望記憶と呼びます)の弱さで、薬の飲み忘れや約束のすっぽかしに直結します。競合の情報ではあまり触れられませんが、家族がいちばん困る部分です。だからこそ、この記事では外に置いて補う工夫を重点的に扱います。

自宅でできること:治すより、外に置く。
まずは、当事者やご家族が今日から実践できる工夫からお伝えします。記憶障害と聞くと、記憶力を鍛える訓練を思い浮かべるかもしれません。もちろん訓練にも意味はありますが、家庭でまず取り組みたいのは別の発想です。覚えることを、頭の中でがんばらず、外に置いて補う。これが、生活を立て直すいちばんの近道です。
外に置く道具は、身近なものでかまいません。予定や伝言を書きとめるノート(メモリーノート)、スマホのアラームやリマインダー、目につく場所に貼る紙、薬の飲み忘れを防ぐカレンダー。記憶を頭の外にある道具に肩代わりさせると考えると、工夫の方向が見えてきます。
高次脳機能障害の認知リハビリをまとめた総説では、メモなどの外的な補助手段を使いこなす練習は、毎日の記憶の問題を軽くする効果が高い(推奨度が高い)とされています。あわせて、新しいことを覚えるときは、失敗をなるべくさせない教え方(誤りなし学習)のほうが、試行錯誤より習得が早いことも示されています。
限界:これは記憶の力そのものを回復させるものではなく、補う方法です。効果を出す鍵は、道具を使い続けられるかどうかにあり、途中でやめると効果も薄れます。重症度によって向き不向きもあります。効果には個人差があります。

道具ごとの具体的な使い方は、それぞれの記事で図解つきで解説します。ノートの紙面の作り方はメモリーノートの作り方の記事、スマホの設定はスマホを外部記憶にする記事、薬の管理は飲み忘れを防ぐ服薬管理の記事で扱います。
道具を、続けるコツ。
道具を用意しても、使わなければ意味がありません。実は、メモリーノートがうまくいく人といかない人を分けるのは、能力よりも続けられる仕組みがあるかです。記憶障害があると、ノートの存在自体を忘れてしまうからです。そこで、次の3つが鍵になります。
鍵1:置き場所を1つに決める。ノートやスマホは、いつも同じ場所に。食卓の上、玄関のフックなど、必ず目に入る定位置を決めます。あちこちに置くと、探すこと自体を忘れます。
鍵2:既にある習慣とセットにする。食事のたびに開く、薬を飲むときに見る、というように、毎日必ずやることに道具をひもづけます。新しい習慣を一から作るより、ずっと定着します。
鍵3:見る合図をつくる。スマホのアラームや、家族の一声で、見るきっかけを外から与えます。最初は家族が一緒に開き、少しずつ本人だけでできるようにします。
そして、同じ質問を何度も受けてつらいときは、答えそのものを紙に書いて、見える場所に貼っておくのが有効です。口で毎回答え続けるより、答えを外に置くほうが、聞く回数が減り、家族の負担も軽くなります。同じ話への具体的な向き合い方は同じ話を繰り返すときの記事で詳しく扱います。

専門施設で、さらに期待できること。
ここからは、少し専門的な話になります。ご家族はざっと読み飛ばしてもかまいませんが、リハビリに関わる方や、もっと深く知りたい方に向けて、記憶障害の回復的アプローチの全体像をお伝えします。自宅での工夫が覚えることを外に置く代償だとすれば、専門施設では、その代償を確実に定着させ、覚えるべきことを効率よく学ぶところまで踏み込みます。
記憶障害の回復的アプローチは、大きく外的補助手段と、内的な学習技法の2系統に整理できます。外的補助手段は、覚えることを道具に肩代わりさせる方法。内的な学習技法は、どうしても覚える必要があることを、効率よく頭に入れる方法です。専門のリハビリでは、この両者を一人ひとりに合わせて組み合わせます。
| 2つの系統 | 代表的なアプローチ(一例) |
|---|---|
| 外的補助手段 覚えることを外に置く |
メモリーノート、スマホのアラームやリマインダー、カレンダー、貼り紙、作業カード。それを使い続けるための習慣づけの練習 |
| 内的な学習技法 効率よく覚える |
誤りなし学習(失敗させずに覚える)、間隔をあけて思い出す練習、手がかりを少しずつ減らす方法、覚える範囲をしぼる領域特異的学習 |
記憶のリハビリでは、機能そのものの回復より、日常生活の困りごとを減らすことに力点を置き、その人の重症度や生活に合わせて、代償手段と学習技法をテーラーメイドに組み合わせるのが基本とされています。どれか一つが万能というわけではなく、効果の出方にも個人差があります。

記憶障害では、外的補助手段を主役に据えるのが、STROKE LABの基本です。記憶の力そのものを元に戻すことには限界がある一方、道具で補う方法は効果が高いと確かめられているからです。ですから私たちは、まず道具を無理なく使い続けられる仕組みづくりに力を注ぎます。
そのうえで内的な学習技法を、道具の使い方や、どうしても必要なことを定着させるために使います。とくに重視するのが誤りなし学習です。記憶障害があると、一度間違えて覚えたことを修正しにくいため、最初から失敗させず、正しいやり方を成功体験として積み重ねます。ノートの開き方も、大切な連絡先も、この考え方で定着を支えます。手や身体を動かす練習が前面に出る症状もありますが、記憶障害では、こうした認知面の方略が回復への中心になります。より専門的な評価と技法の詳細は、医療者向けの解説記事で扱います。
専門リハと、受診の目安。
前の項でお伝えした代償手段と学習技法の組み合わせは、どの種類の記憶が弱いかをていねいに評価したうえで、その人の生活に合わせて設計します。記憶にかかわる海馬のしくみを解説した動画も、背景の理解に役立ちます。
記憶の中心となる海馬のしくみを解説(脳リハ.com)。効果には個人差があります。
受診の目安は、脳卒中や頭のケガのあとで、もの忘れによって薬や約束など生活に支障が出てきたときです。なお、同じことを繰り返す様子は認知症でもみられますが、脳卒中による記憶障害は原因がはっきりして多くは進行しない点が異なります。ただし見分けは専門的なので、自己判断せず医療機関で確かめてください。認知症との違いは認知症との違いの記事でも整理します。より専門的な評価を知りたい医療者の方は、医療者向けの解説記事もご覧ください。
よくある質問。
Q. 新しいことが覚えられないのは、記憶障害ですか?
Q. 記憶障害は、リハビリで治りますか?
Q. 記憶障害には、どんな種類がありますか?
Q. メモを渡しても、見てくれません。どうすればよいですか?
Q. 何度も同じことを聞かれて、つらいです。どう答えればよいですか?
Q. 認知症とは違うのですか?
記憶障害の相談は、STROKE LABへ。
STROKE LAB(東京・大阪)は、脳卒中を中心とする神経疾患専門の自費リハビリ施設です。どの記憶が弱いかを評価し、外に置いて補う道具の選び方と、それを使い続ける仕組みづくりを、その人の暮らしに合わせて組み立てます。困っている場面そのものを題材にするので、練習がそのまま生活に活きます。診断や薬は主治医を尊重し、私たちは生活と動作の側から支えます。保険リハとの併用もできます。

記憶にかかわる海馬や側頭葉をはじめ、脳の部位ごとの働きと症状のつながりを、豊富なイラストで解説。本文と連動するYouTube講義動画で、脳のしくみを目と耳から学べます。
外に置く仕組みを。

同じことを何度も聞かれ、答えるたびに心がすり減る。覚えてほしくて何度も伝えるのに、届かない。記憶障害のご家族が抱えるこの疲れを、私は現場で何度も見てきました。
お伝えしたいのは、覚える力を鍛え直すより、覚えることを外に置くほうが、暮らしは早く楽になるということです。ノート一冊、貼り紙一枚から始められます。大事なのは、続けられる仕組みにすること。そこは私たちがお手伝いできます。
もの忘れでお困りなら、どうぞ一度ご相談ください。困っている場面そのものを題材に、その方に合う続け方を一緒に見つけます。
代表取締役 金子 唯史
本記事は、国内外の公的情報・診療ガイドラインと、STROKE LABの臨床経験および下記書籍の枠組みをもとに構成しています。症状の現れ方や回復には個人差があります。気になるときは、必ず主治医・専門機関にご相談ください(最終確認日:2026年7月6日)。
- 国立障害者リハビリテーションセンター:高次脳機能障害情報・支援センター
- 先崎 章ほか:認知リハビリテーション効果のエビデンス.認知神経科学 13巻3号 219頁ほか.(外的補助手段の利用が grade A、誤りなし学習が grade B と整理。エビデンスボックスの出典)
- 障害者職業総合センター職業センター:メモリーノート(幕張版)に関する研究報告(メモリーノートの定着と自立に関する知見)
- 金子唯史:脳の機能解剖とリハビリテーション.医学書院.2024.

1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024) パーキンソン病の機能促進:医学書院 (2025)