給食トレーを運べない子|両手保持と歩行バランスの支援
「持てるのに、運べない。」
給食トレーで歩きが崩れる子の見方と支援
空のトレーなら持てるのに、給食を載せると傾く。歩き出すと急にゆっくりになる。前を見るとこぼしそうになる——。給食トレーは、腕の力だけではなく、両手で水平を保つこと、歩くこと、周囲を見ることを同時に行う学校生活の複合課題です。この記事では「不器用だから」で終わらせず、どこで動きが崩れるのか、学校でどう支え、専門施設では何を見ていくのかを整理します。

給食トレーは、「持つ」だけの課題ではありません。
給食トレーを自席まで運ぶとき、子どもは両手でトレーを水平に保ちながら歩き、前方や友達の位置を見て、必要なら速度を落とし、方向を変え、最後には机の前で止まって置きます。つまり「腕で持つ」という一つの動作ではなく、手・体幹・足・目線・注意を時間の中でつなぐ協調運動です。
発達障害情報のポータルサイトでは、DCDは協調された運動スキルの獲得や使用が難しく、食器の使用や書字、スポーツなど学校・日常生活に影響する状態と説明されています。ただし、給食トレーを運べないことだけでDCDと決まるわけではありません。この記事では診断をつけるのではなく、目の前の学校動作をどう具体的に見るかに焦点を当てます。
立っているときはトレーを水平に保てるのに、歩き出すと傾く。直線では安定するのに、曲がるとこぼす。トレーを見続ければ運べるのに、前を見ると歩幅が乱れる。こうした条件差は、単純な筋力不足では説明できない大切な手がかりです。

なぜ、トレーを持つと歩きにくくなるのでしょうか。
歩くこと自体ができても、そこへ「両手で物を安定させる」という別の運動課題が加わると、歩幅や速度、安定性が変わることがあります。このように複数の課題を同時に行うときの負荷は、二重課題という考え方で整理できます。
4〜6歳のDCD児14名と、年齢・性別を合わせた比較群28名を対象に、自由歩行、空のトレーを持つ歩行、7個のビー玉を載せたトレーを持つ歩行などを比較した研究では、DCD児は運動性の二重課題が加わったときの歩行への影響が比較群より大きく、課題が難しくなると影響も大きくなることが報告されました。
この研究から言える範囲:トレーを持ちながら歩くことは、単純歩行とは異なる負荷になり得ます。一方、この研究は小規模な課題研究であり、特定のセラピー方法の有効性を示したものではありません。給食場面そのものを対象にした研究でもありません。
厚生労働省のDCD支援マニュアルでも、運動の不器用さは「子ども本人の機能」だけでなく、課題の複雑さや時間制限、二重課題、人・物・空間などの個人―課題―環境の相互作用から捉えることが示されています。給食トレーは、まさにこの3つが重なる学校場面です。
「どこで崩れるか」を、5つの条件で見てみます。
| 見る条件 | こんな差が手がかり | 考えたいこと |
|---|---|---|
| ① 空/中身あり | 空なら安定するが、汁物や飲み物が入ると急に傾く | 重量だけでなく、動く中身への修正負荷 |
| ② 立位/歩行 | 立って持てるが、一歩目から歩幅が小さくなる | 保持と移動を同時に行う負荷 |
| ③ 直線/方向転換 | 直線はできるが、机へ曲がると大きく揺れる | 減速・方向転換と上肢保持の協調 |
| ④ トレーを見る/前を見る | トレーだけ見れば運べるが、前を見ると傾く | 視覚情報と注意の配分 |
| ⑤ 静かな場所/給食時間 | 練習ではできるが、人が動く教室では失敗する | 混雑、時間、緊張、他者への注意など環境差 |
「できる/できない」の二択より、どの条件までは成功し、何を一つ足した瞬間に崩れるかの方が、支援につながる情報を多く含みます。例えば、直線5mまでは安定するが方向転換で傾く、空トレーは安定するが動く内容物で歩幅が乱れる、といった境界です。
もう一つは、施設で成功したのに学校ではできない「環境差」そのものを所見として扱うことです。学校で崩れたら練習不足と考えるのではなく、何が追加されたことで難しくなったのかを再び分けます。

学校では、「頑張って運ぶ」前に成功しやすい条件をつくります。
厚生労働省のDCD支援マニュアルでは、日常生活上の困りを「いつ・どこで・誰が・何に・どのように」と具体化し、本人だけでなく課題や環境を変える視点が示されています。給食場面でも、子どもの努力量だけを増やすのではなく、安全に参加でき、成功経験を積みやすい条件を作ることが先です。
| 困りの場面 | 学校で試しやすい配慮 | 確認したい変化 |
|---|---|---|
| トレーが滑る | 滑りにくい材質やマットを検討し、持つ位置を分かりやすくする | 持ち直し・傾きが減るか |
| 食器が増えると崩れる | 最初は載せる物を減らす、安定した物から運ぶ | どの量まで自立できるか |
| 人がいると失敗する | 混雑の少ない順番や短いルートから始める | 途中停止・接触が減るか |
| 急ぐとこぼす | 時間に余裕を持たせ、急かす声かけを減らす | 速度を保ちながら成功できるか |
| 机に置くときに崩れる | 置く場所を空け、近づく方向を一定にする | 最後まで介助なしで置けるか |
本人が参加しやすい条件を作り、その条件から少しずつ挑戦を広げるための土台です。親や先生が毎回細かく指導するのではなく、本人と「今日はどこを持つ?」「曲がる前に何をする?」のような短い作戦を共有し、成功した方法を残していきます。
給食以外にも困りが広がるなら、相談の価値があります。
給食トレーだけが少し苦手で、本人も困っておらず、学校での工夫で参加できているなら、すぐに診断を求める必要があるとは限りません。一方、書字、箸やスプーン、ボタン、靴ひも、体育、ボール遊びなど、複数の場面で「年齢相応の経験をしても苦手さが続く」「生活参加に影響する」場合には、専門家へ相談すると整理しやすくなります。
| まず学校で工夫しながら見てもよい例 | 専門相談を考えたい例 |
|---|---|
| トレーだけが少し苦手だが、配慮で安全に参加できる | 食事・書字・着替え・体育など複数場面で困りが続く |
| 本人が給食時間を極端に嫌がっていない | 失敗を恐れて給食当番や学校活動を避ける |
| 少しずつ成功する条件が増えている | 経験を重ねても変化が乏しく、自信や友人関係にも影響している |
学校でできるのは、安全を守り、課題や環境を調整して参加しやすくすること。専門施設では、その情報を受け取り、保持・歩行・視線・注意・疲労・環境のどこがボトルネックかを検証します。診断や医学的判断は医師の領域で、私たちは生活動作を評価し、学校で使える形へつなぐ併走役です。
専門施設では、「なぜ運べないのか」を4つに分けて考えます。
専門施設の役割は、給食トレーを何度も運ばせることではありません。最初に、本人が困っている本当の場面を一つの目標として定義し、その課題を条件ごとに分解することから始めます。「給食当番で、汁物を含むトレーを自席までこぼさず運びたい」という目標なら、単に歩行や握力の点数を上げるだけでは不十分です。
見るのは、通常歩行とトレー歩行の差、両手の位置、肘や肩の固定の仕方、体幹の揺れ、トレーの傾き、方向転換、視線、周囲への注意、距離や疲労での変化、そして施設と学校での再現性です。標準化検査を使う場合も、最後は実際の目標動作の成功率・必要な介助・所要時間・本人の負担感へ戻して評価します。
1. 両手で「水平を保つ」条件を見つける
手の位置、トレー幅、肘の曲がり、身体との距離を変え、どこで傾きが少なくなるかを確認します。目的は筋力を上げること自体ではなく、歩行中にも保持へ使える安定した戦略を見つけることです。
2. 「持つ」と「歩く」を、難易度を変えながら再統合する
空のトレー、安定した軽い物、動く内容物、直線、方向転換、停止、机へ置く、というように条件を一つずつ増やします。難易度は、ただ難しくするのではなく、成功率が大きく崩れない範囲で次の要素を足すように調整します。
3. 視線と注意を、「給食で使える形」にする
トレーを見続ける条件、前方を見る条件、目印を確認する条件を比較し、歩行とトレー保持がどう変わるかを見ます。必要なら「曲がる前に一度止まる」「前を見る場所を決める」など、本人が再現できる短い作戦へ変換します。
4. 最後は「学校でできるか」で判定する
訓練室で10回成功しても、給食時間に使えなければ目的はまだ途中です。教室の混雑、実際の距離、給食当番、時間制限、友達の動きなどを情報として取り込み、学校側と共有できる配慮と本人の作戦に落とし込みます。
| 観察される困り | 考えるボトルネック | 評価・観察 | 選ぶ介入 | 難易度調整 | 学校で確認 |
|---|---|---|---|---|---|
| 左右に傾く | 両手位置・上肢固定・体幹との協調 | 持つ幅、肘、身体との距離、傾き | 保持条件の探索+実課題 | 空→軽量→動く内容物 | こぼれ・持ち直し回数 |
| 持つと歩幅が小さくなる | 保持と歩行の二重課題負荷 | 通常歩行との速度・歩幅差 | 運搬歩行の段階練習 | 短距離→方向転換→停止 | 途中停止・所要時間 |
| 前を見ると傾く | 視覚依存・注意配分 | 視線条件による保持・歩行差 | 視線と運搬の統合 | 目印1つ→人・障害物あり | 周囲確認とこぼれの両立 |
| 施設ではできるが学校で崩れる | 環境・時間・対人要因 | 実際のルート、混雑、時間帯、本人の緊張 | 環境調整+本人の作戦 | 静かな条件→学校条件へ近づける | 先生の介助・声かけの変化 |
給食トレーの困りを「バランスが悪い」「握力が弱い」と一つにまとめると、介入がずれやすくなります。例えば、静止立位では水平を保てても歩行開始で傾くなら、保持力そのものより、歩行へ切り替わるときの姿勢制御と上肢保持の両立を優先して見ます。
次に、空トレー→固定された軽量物→中で動く物、と一条件だけ変えます。ここで急に歩幅が短くなる、視線が下がる、肘を強く固めるなどの反応が出るなら、その変化が次の課題設定を決めます。介入を先に決めるのではなく、反応を見て次の条件を選ぶのが臨床推論の中心です。
そして、施設で得られた「成功する持ち方」「曲がる前の作戦」「適切な載せる量」を学校へ共有します。一定期間後には、同じ目標——給食で自席まで運べるか——で再評価します。能力検査の改善と、学校生活で本当に使えるようになったことを同一視しないためです。
① トレー課題に直接近い根拠:Cherngらの研究では、DCD児でトレー保持を伴う歩行の二重課題コストが大きく、難しい運動課題ほど影響が増えました。これは「持つと歩行が変わる」可能性を支えますが、治療効果の研究ではありません。
② 介入原理の根拠:国際DCD臨床実践推奨では、評価と介入を本人の活動・参加上の困りに結びつける方向が整理されています。厚生労働省DCD支援マニュアルでも、国際ガイドラインを背景にCO-OPを紹介し、子ども自身が作戦を使いながらスキルを獲得する考え方が示されています。
③ 学校実装の根拠:2026年の学校ベース介入の系統的レビュー・メタ解析では、DCDまたはprobable DCDの学齢児を対象にした学校内の運動スキル介入で、運動パフォーマンス改善が報告されています。ただし、給食トレー運搬だけの効果を示す研究ではなく、研究間の介入内容も異なります。
限界:DCD研究には対象年齢、診断基準、課題、介入量の違いがあります。2017年Cochraneレビューでは課題指向型介入のエビデンスの質は低いと評価され、効果推定には不確実性があります。したがって、本記事では「この方法なら給食トレーが運べるようになる」とは断定せず、評価にもとづき実課題の条件を調整する考え方として紹介しています。医学的診断や治療の代替ではありません。

STROKE LABでは、給食トレーのような学校生活の実課題を、両手の使い方・姿勢・歩行・視線・注意・環境まで含めて確認します。診断をつけることではなく、今ある困りを具体的な動作へ翻訳し、学校で試せる支援へつなぐことを大切にしています。
給食トレーの困りで、よくいただく質問。
Q. 給食トレーを運ぶのが苦手なだけで、DCDなのでしょうか?
Q. 空のトレーは運べるのに、汁物があると急にこぼすのはなぜですか?
Q. 苦手でも、みんなと同じように何度も運ばせた方が上達しますか?
Q. 学校ではどのような配慮ができますか?
Q. 専門施設では何を評価するのですか?
Q. どのようなときに医療機関や専門家へ相談した方がよいですか?
学校で困っている動作から考える。

「給食だけだから」と思っていても、お子さんにとっては毎日繰り返す学校生活の一場面です。そこで失敗が続くことは、動作だけでなく自信や参加の仕方にも影響します。
私たちは、トレーを持つ腕だけを見るのではなく、歩行、姿勢、視線、注意、課題の難しさ、学校環境まで含めて「どこで崩れるか」を一緒に整理します。そして、本人が成功できる条件を見つけ、学校で使える形へ戻すことを大切にしています。
診断や医学的な判断は医療機関を尊重しながら、生活動作の側からできることを考えます。給食以外にも気になる場面がある場合は、学校での様子も含めてご相談ください。
代表取締役 金子 唯史

脳の領域別の働きから、臨床で行うリハビリテーション方法を提案する専門書です。動作を一つの筋力だけで見ず、姿勢・感覚・運動の連鎖として捉える視点は、子どもの生活動作を考えるときにも土台になります。
- 発達性協調運動症(DCD)とは|不器用さを生活・学校から考える
- 箸箱・弁当箱を開けられない子|手指と手順の支援
- 体育が苦手・運動会がつらい子へ|学校生活でできる配慮と支援
- 小児の初回相談では何を見る?|生活場面から困りを整理する流れ
本記事は、国内の公的支援情報、国際臨床実践推奨、DCDの課題研究および系統的レビューをもとに構成しています。給食トレーを運べないという一場面だけで診断を行うことはできません。研究知見とSTROKE LABの臨床推論を分けて記載し、医学的診断や治療の代替にならないよう配慮しています(最終確認:2026年9月5日)。
- 発達障害情報のポータルサイト「発達性協調運動症」(2024年8月22日更新)。DCDの概要、アセスメント、支援。
- 厚生労働省:令和4年度障害者総合福祉推進事業「DCD支援マニュアル」。個人―課題―環境、生活場面支援、CO-OPの考え方。
- Cherng RJ, Liang LY, Chen YJ, Chen JY. The effects of a motor and a cognitive concurrent task on walking in children with developmental coordination disorder. Gait Posture. 2009;29(2):204-207.
- Blank R, Barnett AL, Cairney J, et al. International clinical practice recommendations on the definition, diagnosis, assessment, intervention, and psychosocial aspects of developmental coordination disorder. Dev Med Child Neurol. 2019;61(3):242-285.
- Miyahara M, Hillier SL, Pridham L, Nakagawa S. Task-oriented interventions for children with developmental co-ordination disorder. Cochrane Database Syst Rev. 2017;7:CD010914.
- Pohjanvirta A, Pöyliö T, Robinson K, et al. School-based Motor Skill Interventions for Children and Adolescents with Developmental Coordination Disorder: A Systematic Review and Meta-Analysis. Arch Phys Med Rehabil. 2026. doi:10.1016/j.apmr.2026.06.004.
- 金子唯史:脳の機能解剖とリハビリテーション.医学書院,2024,408頁。

1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024) パーキンソン病の機能促進:医学書院 (2025)