【2026年版】舌のリハビリが姿勢・バランスに与える影響、舌への介入の注意点 脳卒中/脳梗塞のリハビリ論文サマリー
舌の位置は、なぜ姿勢の安定性を変えるのか。
「舌」は摂食・発声のための器官であると同時に、顎口腔感覚運動系の一部として姿勢制御に関与することが報告されています。静的立位と動的バランスで効果が異なるという重要な但し書きも含め、エビデンスを整理します。
要点5項目。
臨床現場でこう出会う。
65歳男性、右被殻出血発症後8か月(生活期)。Brunnstrom Stage 上肢IV/手指IV/下肢V、FIM運動項目76/91点。主訴は「立位保持時のふらつき」と「転倒への不安」。
初回評価所見:BBS 42/56点、閉眼片脚立位保持2秒未満、舌の随意的挙上・突出は可能だが速度と持続時間がやや低下。下肢だけを診てバランス低下の全体像を見落とすと、介入の引き出しが狭くなる。
新人のうちは「バランス低下=下肢筋力・支持基底面の問題」と考えがちです。実際には視覚・前庭・体性感覚が統合されて姿勢制御は成立しており、口腔顔面領域からの入力もそのひとつの候補として研究されています。
この記事では「舌の位置が姿勢制御に影響する」という一見意外な現象を、エビデンスレベルを明示しながら整理します。結論を先に言うと、確立された治療法ではなく、感覚戦略の選択肢のひとつとして理解するのが現時点で妥当な位置づけです。

— ご本人・ご家族の状況を丁寧にお伺いします
STROKE LABでは脳神経疾患専門のセラピストが、バランス低下の背景要因を多角的に評価し、根拠に基づいた個別プログラムをご提案します。
舌と顎口腔感覚運動系の基礎。
舌は摂食・嚥下・構音のための器官であると同時に、顎口腔感覚運動系(stomatognathic system:咀嚼・嚥下・発声に関わる顎・口腔・舌の感覚運動系)の一部として位置づけられます。歯・口蓋・上下顎といった構造物に近接しているため、舌の位置と運動に関する情報は常に豊富な機械受容器から得られます。
姿勢制御における頚部・顎の感覚運動系の役割はすでに確立されており、舌はその不可欠な一部として、精緻で意図的な運動(摂食・嚥下・発声)の遂行を支えています。
健常若年男性116名(平均年齢31.56±8.51歳)を対象に、不安定面上での静止立位中の重心動揺速度(COG velocity)を、①習慣的な顎(舌)肢位と、②舌を上顎前歯裏に接触させた肢位の2条件で、開眼・閉眼それぞれ比較しました。閉眼・不安定面条件では、習慣的肢位の平均1.58deg/sに対し上顎前歯位で1.24deg/sと、有意な低下(改善)を認めています[単独RCT]。

— Alghadir et al.(2015)における習慣的肢位と上顎前歯位でのCOG速度比較
なぜこの研究に着目すべきか
舌という繊細な感覚器官が、意識的な運動課題(摂食・発声)だけでなく、無意識下で行われる姿勢制御にも関与しうるという視点は、評価・介入の引き出しを広げてくれます。
硬口蓋・上顎前歯付近には機械受容器が密に分布し、舌接触による体性感覚入力が中枢に送られます。
口腔粘膜の感覚は主に三叉神経、舌の運動は舌下神経が担い、両者の情報は脳幹レベルで頚部感覚運動系と隣接して処理されます。
舌位変化が下肢筋出力にも影響したとする報告があり(後述)、口腔顔面領域の感覚入力が全身の運動出力に波及する可能性が示唆されています。

STROKE LABでは、下肢や体幹だけでなく、口腔顔面領域を含む多感覚統合の視点からバランス機能を評価し、根拠に基づく個別プログラムをご提供しています。
神経メカニズムを運動学的に読む。
①顎・頚部感覚運動系への直接的な接続、②前庭系への間接的な接続、③咬筋・舌骨上筋群を介した頭頚部アライメントの微調整——これらが単独または複合的に働くと推察されていますが、いずれも専門家合意レベルであり、直接的な神経経路の証明には至っていません。

— di Vico et al.(2013):舌位(Middle/Up/Low)と膝屈曲・伸展ピークトルクの関係
di Vico et al.(2013)は、健常アスリート18名を対象に舌を①上顎前歯裏(Middle)、②口蓋spot(Up)、③下顎(Low)に置いた3条件で膝等速性運動を比較し、Up条件で膝屈曲ピークトルクが90°/s・180°/sいずれの角速度でも約30%有意に増大したと報告しています[単独RCT]。
Kettner C.(2025)[単独研究/学位論文]:顎口腔感覚運動系(咬合・舌位を含む)が動的姿勢制御に及ぼす影響を体系的に検討し、動的バランス課題では静的課題ほど一貫した効果が得られないことを示唆しています。静的・動的の違いを踏まえた評価設計が必要です。
Trulsson & Essick(1997)[観察研究]:ヒト舌神経内の低閾値機械受容性求心線維を電気生理学的に記録し、舌尖・舌背の触圧覚が高い感度で中枢へ伝達されることを確認しています。舌が精緻な体性感覚入力源であることの基礎的根拠です。
バランス低下の鑑別診断。
「舌位で変化するかどうか」を試す前に、バランス低下の主原因を鑑別することが臨床では優先されます。以下は片麻痺患者で頻度の高い鑑別先の整理です。

| 鑑別疾患・要因 | 共通点 | 鑑別ポイント | 参考検査 |
|---|---|---|---|
| 前庭機能障害 | 立位・歩行時の動揺 | 頭位変換で症状が誘発・増悪、眼振の有無 | Head Impulse Test、Dix-Hallpike |
| 下肢深部感覚障害 | 閉眼で動揺増大 | 足趾・足関節の位置覚低下、Romberg徴候陽性 | 位置覚検査、Romberg test |
| プッシャー現象 | 立位保持困難 | 非麻痺側で麻痺側方向へ能動的に押し返す | Scale for Contraversive Pushing |
| 顎口腔感覚運動系の関与 | 静的立位で軽度動揺 | 他要因が除外された上で、舌位変化により動揺が変動 | 重心動揺計、舌圧測定 |
評価尺度と採点基準。
舌位の影響を評価する際は、単一の指標だけでなく、姿勢制御を多面的に捉える尺度を組み合わせます。臨床で使用頻度の高いBerg Balance Scale(BBS)を中心に整理します。
| 項目 | 採点基準 | カットオフ値 | 解釈 |
|---|---|---|---|
| 座位から立位 | 手の使用・介助量で0〜4点 | — | 4点:手を使わず自立 |
| 閉眼立位 | 保持秒数で0〜4点 | 10秒未満で減点 | 体性感覚・前庭系への依存度を反映 |
| 閉脚立位 | 保持秒数で0〜4点 | — | 支持基底面縮小への適応力 |
| 総合点 | 14項目合計 満点56点 | 45点未満で転倒リスク増大 | Berg et al.(1989)によるカットオフ |
Berg et al.(1989)[原著開発研究]:Berg Balance Scaleは検者内・検者間信頼性ともに高く(ICC 0.9台)、45点未満で転倒リスクが高いことが臨床的なカットオフとして広く用いられています。脳卒中患者におけるMCID(臨床的最小変化量)はおおむね4〜5点前後とする報告が複数あります[複数研究]。
介入のエビデンスと手順。
舌位ポジショニングを臨床で試す場合の標準的な手順と、それぞれの根拠となるエビデンスレベルを示します。あくまで補助的な感覚戦略であり、単独で治療効果を主張するものではありません。

口腔衛生状態・舌の随意運動・感覚(触覚・過敏性)を確認し、BBSまたは重心動揺計で立位バランスのベースラインを測定します。
手指消毒・手袋着用のうえ、目的と方法を説明し同意を得ます。過敏な部位には慎重にアプローチします。

— 口腔内介入は感染管理・器具準備の徹底が前提となる
舌先を上顎前歯の裏(硬口蓋前方部)に軽く接触させた状態で、30秒〜1分間の立位保持を1セットとし、3〜5セット実施します(専門家合意ベースのパラメータ)。
実施前後でBBS・重心動揺の変化を比較し、効果が乏しければ他の感覚戦略(視覚・下肢固有受容感覚)を優先します。
Fadillioglu et al.(2022)[単独RCT]:健常成人48名を対象に、動揺板上での動的定常バランス課題中の舌押し当て・咬みしめ・習慣的肢位を比較したところ、重心動揺・制御・安定性に有意差は認められませんでした。静的立位で得られた効果が動的課題では再現されないことを示す重要な知見です。
Fadillioglu et al.(2024)[単独RCT]:咬みしめの持続効果を動的バランスで検証した後続研究でも、一貫した改善効果は限定的であったと報告されています。
多職種連携と環境調整。

口腔顔面領域への介入は単独職種で完結しない
舌は嚥下機能とも直結する部位です。摂食嚥下機能の評価が必要な場合はSTが、感覚過敏や口腔ケア全般は看護師が主導し、PT/OTはバランス訓練への統合を担うという役割分担が現実的です。
- 嚥下機能低下が疑われる場合は、舌位訓練よりも嚥下評価(反復唾液嚥下テスト等)を優先する
- 口腔内に創傷・炎症がある場合は医師・歯科医師へ確認してから介入する
- 認知機能低下がある患者では、指示理解の程度に応じて介入の適応を判断する
「舌位を試す前に、まず嚥下と認知機能を確認する癖をつけよう。バランスだけ見ていると見落とすことがある。」
「効果があってもなくても、それ自体が評価情報になる。記録に残すことを忘れないように。」
| 職種 | 評価項目 | 主な介入内容 | 連携ポイント |
|---|---|---|---|
| PT | 立位バランス・BBS・歩行 | 舌位を含む感覚戦略をバランス訓練に統合 | ST・看護師と口腔状態を共有 |
| OT | ADL場面での姿勢制御 | 整容・更衣など実生活動作への汎化 | PTの評価結果を動作訓練に反映 |
| ST | 嚥下機能・舌運動機能 | 舌可動域・筋力訓練、嚥下評価 | PTへ舌機能の安全域を共有 |
| 看護師 | 口腔衛生状態 | 口腔ケア、感染徴候の早期発見 | 介入前の口腔内チェックを依頼 |
| 医師 | 全身状態・禁忌の有無 | 介入可否の医学的判断 | 口腔内所見に異常があれば速やかに報告 |
| MSW | 生活環境・介護体制 | 在宅復帰後の転倒予防環境の調整 | バランス評価結果を退院支援へ反映 |
つまずきポイントと臨床判断のコツ。
意外性のある知見ほど、臨床現場で過大評価されがちです。新人セラピストが陥りやすい3つのつまずきを整理します。
感染管理チェックの実際
口腔内は感染リスクが高い部位のため、以下の手順を毎回確認してから介入します。
- 手指消毒・手袋着用・器具の消毒
- 使用器具の準備と清潔さの事前確認
- 患者の口腔衛生状態・口内炎や感染徴候の確認
- 事前の説明と同意取得
- 患者がリラックスできる姿勢の確保
- 舌の感覚(痛み・過敏性)の事前確認
- 患者にも協力してもらう感染予防策(うがい等)の説明
- 不快感発生時にすぐ対応できる合図の取り決め
「新しい知見に飛びつく前に、なぜ効くと考えられているかを患者に説明できるかを自問しよう。説明できないうちは、まだ使うべきではない。」
予後とゴール設定。
舌位ポジショニングは単独の治療ゴールにはなりません。既存のバランス訓練プログラムに組み込み、BBSやTUG(Timed Up & Go:椅子から立ち上がり3m歩いて戻るまでの時間を測る移動能力検査)などの機能指標で総合的に効果を判定します。
ケースの主訴(「立位がグラグラして怖い」)に対しては、BBSの数点向上を短期ゴールに、閉眼片脚立位の保持時間延長を中間指標に、屋内独歩の安定を長期ゴールに設定するなど、舌位訓練はその一要素として位置づけます。
よくある質問。
舌は三叉神経・舌下神経を介して顎口腔感覚運動系に情報を送っており、硬口蓋前方への接触刺激が頚部感覚運動系や前庭系と統合的に働き、姿勢制御システムを調節すると考えられています。ただしこの機序は専門家合意レベルであり、直接的な神経経路が完全に証明されているわけではありません。
いいえ。静的な閉眼立位では改善が報告されていますが、動揺板を用いた動的バランス課題では有意な効果が再現されなかった研究もあります。静的姿勢制御と動的姿勢制御では効果が異なる可能性を理解しておく必要があります。
舌先を上顎前歯の裏(硬口蓋前方部)に軽く接触させた状態を保持しながら、立位保持やリーチ課題を行います。1回30秒〜1分程度の保持を、他の感覚フィードバック訓練と組み合わせて実施し、効果と負担感を都度確認することが専門家合意として推奨されます。
口腔内は感染リスクが高い部位です。手指消毒・手袋着用・器具の消毒を徹底し、介入前に患者の口腔衛生状態や過敏性を確認し、必ず説明と同意を得てから行う必要があります。
現時点で脳卒中患者を対象にした舌位ポジショニングの質の高いRCTは十分ではなく、健常若年者や視覚障害者を対象にした研究が中心です。片麻痺患者への応用は専門家合意レベルの臨床推論として位置づけ、既存のバランス評価と組み合わせて慎重に検証しながら行う必要があります。
舌位からの体性感覚入力は姿勢制御を補助する一要素であり、視覚・前庭・下肢固有受容感覚といった主要な感覚系の評価と介入を優先したうえで、補助的な感覚戦略として位置づけるのが妥当です。
STROKE LABのプログラム。
STROKE LABは脳神経疾患・整形外科疾患を専門とする自費リハビリ施設です。舌位を含む感覚戦略のような最新知見も、確立された評価法と組み合わせながら、根拠に基づいた個別プログラムとしてご提供しています。
「生活期の男性利用者様が『立ち上がるとグラグラする』と訴えられた際、下肢筋力だけでなく閉眼立位・重心動揺を丁寧に評価しました。感覚入力の一つとして舌位も確認し、他の訓練と組み合わせて数週間継続したところ、BBSが42点から48点まで改善し、屋内独歩への不安が軽減しました。単独の手技に頼らず、複数の感覚戦略を組み合わせる大切さを実感した症例です。」— 理学療法士・臨床経験9年・脳血管疾患専門
「舌位訓練を紹介した際、新人スタッフが効果を過大に期待してしまうケースを見てきました。実施前後で必ずBBSや重心動揺を測定し、効果が乏しければ潔く他の戦略に切り替える。この判断力こそが臨床力だと伝えています。」— 作業療法士・臨床経験12年・回復期リハビリ専門
諦めないでください。

「立ち上がるとグラグラする」「転ぶのが怖い」——そうしたお悩みの背景には、下肢の問題だけでなく、視覚・前庭・体性感覚など複数の要因が絡み合っています。
STROKE LABでは、最新の研究知見と丁寧な評価に基づき、お一人お一人に合わせたリハビリプログラムをご提案しています。
退院後も、生活期になっても、機能回復への挑戦を諦める必要はありません。まずは無料相談で、今のお身体の状態を一緒に確認しましょう。
代表取締役 金子 唯史
参考文献。

1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024) パーキンソン病の機能促進:医学書院 (2025)